| 野々宮神社 |
滋賀県東近江市八日市金屋1丁目 |
旧・村社 |
「近江神崎郡志稿 下巻」
八日市金屋の野々宮神社の本地仏を安置したといふ地蔵院は、同社の境内に在つたが、弘化元年に焼亡して廃絶したといふ。
元禄年代同堂舍再建の勧化状が存してある。
この署名の秀清は野々宮社の別当僧であらうか。
この文書によると蓮華寺といふも当年にはあつたらしい。
野々宮社々歴にも地蔵堂蓮華寺の事が記されてある。
(野矢氏文書)
江州路蒲生郡金屋村之神祠者、号十禅師、為日吉山王之一員也。
其真躰者地蔵菩薩、而搆破茅於神祠之傍、其尊像長三尺五寸、而聖徳太子彫成底之一大士也。
「近江・若狭・越前 寺院神社大事典」
野々宮神社
祭神は瓊々杵尊・大己貴命。旧村社。
延暦三年(784)坂本(現滋賀県大津市)より十禅師権現を勧請と伝え、近世まではおもに十禅師社などとよばれた。
金屋・中野・蛇溝・上大森・瓜生津・土器など十三カ村の惣社とも伝える。
[中略]
別当坊として蓮花庵・林光坊・正覚坊・団子坊・浄荘庵、本地堂の地蔵堂(宮地蔵堂)などがあった。
明治元年現社名に改称。
[中略]
野々宮神社東方に、開基を最澄と伝え、天正年間(1573-92)に浄土宗となった金念寺がある。
同寺蔵の室町時代作の木造地蔵菩薩像はもと野々宮神社の本地仏で明治の神仏分離の際同寺に移されたという。