熊野若王子神社 京都府京都市左京区若王子町 旧・村社
現在の祭神 国常立神・伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大神
本地 薬師如来

「明治維新神仏分離史料 続編」巻下

松田福一郎「若王子本地仏」[LINK]

本薬師如来は、維新の当時、神仏分離の厄に遇うて、京都洛東若王子社より、民間に伝はつたものである、 伝説を尋ぬると、桓武帝延暦奠都の際、勅願によつて、都の東西南北に四仏を安置して、王城鎮護を祈らせ給うた内の一仏であるとの事で、併し記録によれば、後白河法皇熊野より十二権現の一なる若一王子社を京都に勧請せられた時、此薬師仏を神体として、熊野より移安された事となつてゐる、 由来熊野は、三所権現、五所王子、四所の宮とを併せて、十二所権現と称し、若王子は五所王子の一にして、証誠殿、早玉宮、結宮の主祭神たる三所権現の次に位する、 而して若王子は、十一面観音本地にして、薬師にあらず、薬師は早玉宮の本地なれば、何故に若王子社に奉安したかは解釈に苦しむ次第であるが、兎にも角にも、維新以前迄は、本薬師が若王子の御神体であつた事は、確定の事証であつて、疑を容れ得ないのである、