興玉社 三重県伊勢市二見町江 潮音山太江寺(真言宗醍醐派寺院)の境内社
本地 千手観音

潮音山 太江寺[LINK]より

太江寺の歴史[LINK]

天平年中、奈良の大仏勧進のため伊勢神宮に巡錫されていた行基菩薩は、二見浦にある現夫婦岩沖の興玉神石から興玉神を拝すると龍神と共に上がる金色の千手観音さまをご感得なされました。 行基菩薩は、その功徳をもって社を建立して興玉社を祀り、ご感得の観音像を刻して、太江寺を建立されたと伝わっております。
平安時代には、弘法大師が護摩供を行い、真言宗寺院として発展します。 鎌倉期に醍醐天皇は、病気祈願で平癒された奉礼として、本堂である観音堂を建立なされ、伊勢神宮との関係も深くなりました。 歴代天皇の帰依も篤く、崇徳天皇や御奈良院天皇の、ご回向も行われています。
貞享三年(1686)に、大火に見舞われるもすぐに再建され、本堂や現在の仁王門が建立されました。 現在の本堂は、文化十年(1814)に再建され、平成十八年(2007)には、仁王門の修復がなされました。
明治に、二見興玉神社に合併された興玉神社の『元社』である。 興玉社は、現在も本堂横にあり、御神石や御神鏡、二見蛙の御神体である蛙石は、太江寺が、今もお祀りしております。

寺院の見所[LINK]

興玉神 本地仏 千手観世音菩薩像

鎌倉期に造られた、国定指定文化財の秘仏です。
胎内には行基菩薩ご感得の”興玉神ご神体観音像”が納められていると伝わっております。
明治30年、興玉神社を二見浦に遷座。 明治43年、三宮神社を興玉神社に合祀