大鳥大社 大阪府堺市西区鳳北町一丁目 式内社(和泉国大鳥郡 大鳥神社[名神大 月次新嘗])
和泉国一宮
旧・官幣大社
現在の祭神 日本武尊・大鳥連祖神
本地 釈迦如来・薬師如来・阿弥陀如来

「和泉名所図会」巻之二

大鳥大明神社

大鳥村にあり。【延喜式神名帳】曰、名神大月次新嘗。和泉国一ノ宮と賞す。例祭八月十三日。
祭神日本武尊 【三代実録】曰、貞観元年春正月和泉国大鳥神に従四位を授く。 同九月八日大鳥の神に詔して幣を奉り風雨の為に祈る。 同三年秋七月二日大鳥の神に従三位を授く。
【大鳥社流記】云、 ○第一天太日孁尊 祭神天照太神  ○第二大鳥爾波比神社 祭神日本武尊  ○第三中津尼浜神社 祭神両入媛命  ○第四大鳥鍬靱神社 祭神穴戸武媛命  ○第五大鳥井瀬神社 祭神弟橘媛命
【大鳥社伝】云、当社は景行天皇の皇子日本武尊なり。 同帝二十七年日本武尊を遣して熊襲を撃しむ。 御歳十六歳也。 其勲功偉にして又同帝四十年尊をして東夷を討しむ。 出陣の時道を抂りて伊勢皇太神宮に詣で斎宮倭姫命に草薙を授りて其より東夷を安く平げ凱陣の時伊勢国能褒野にて崩し給ふ。 御歳三十。 即其地に葬し奉る。 陵より八尋の白知鳥に化し倭国に飛去給ふ。 群臣其棺槻をひらいて見れば明衣空く留て屍骨なし。 使者を遣して白鳥を尋しむ。 即倭国琴弾原にとゞまる。 又こゝに陵をいとなむ。 白鳥更飛んて河内国古市郡に至る。 又其地に陵を造て此三陵を時の人白鳥といふ。 遂に高く翔て天に上り給ふ。 已上【日本紀】。
其後宮殿を同国大野里に建てて鎮座し給ふ。 今の大鳥社これ也。 八尋の白知鳥を以て大鳥大明神と号し奉る。 爾来一夜に種々の樹木生ず。 此ゆへに千種の杜といふ。
【一宮記】曰、大鳥社は日本武尊なり。 むかし白鳳飛来とびきたッてこゝにとゞまる。 これ天照太神の所化なり。
羅山【本朝地理志略】云、和泉国大鳥社はむかし神化して白鳳と成来てこゝに集ゐる。 故に社を建てこれを祭る。 号て大鳥といふ。
[中略]
神宮寺 大鳥山勧学院神鳳寺といふ。 本地堂には釈迦・薬師・阿弥陀を安す。 初は行基菩薩の開く所也。 星霜累りて荒廃に及びしを寛文の初メ真政円忍律師真言律院を建て当国の学校とす。 社頭は慶長七年十一月豊臣秀頼公泉州五社を再興す。 其後大坂一乱に大鳥社兵火に罹て破滅し纔に塔一基遺て荒野やとなりしを寛文二年三月堺の刺史石河土佐守利政石柱の鳥居を建て再興に及ふ。 其時神宮寺律院も今の如く創建ある也。
行基井 神宮寺厨の前にあり。清泉甘味也。
千種の杜 当社の森をいふ。
明神影向石 本社の北にあり。 此神石回禄の後叢に圧れありしを石河土佐守穿ち起て持帰り庭前に置けり。 時に其夜霊夢ありて神祟たゞならねば大に驚き元の地へ帰し送らる。 なを神怒を宥めんか為石の鳥居杉千本を植させて和歌二首を奉らる。
玉籬に岩きり多く動なき国をまつりの大鳥の神 利政
いつみなるちくさの杜に跡たれてちかひつきせし万代まてに 同