関山神社 新潟県妙高市関山 旧・県社
現在の祭神 国常立尊・伊弉冉尊・素盞嗚尊
本地
関山権現聖観音
白山権現十一面観音
新羅明神文殊菩薩

「越之後州関山大権現毎歳帳」

関山三社大権現 御本尊者 国常立尊 本地仏聖観音
白山大権現ニ而 伊弉冉尊 本地仏ハ十一面観世音
御右ハ新羅大明神 本地仏文(殊)

「日本の神々 8 北陸」

関山神社(鈴木昭英)

 関山神社縁起によれば、妙高山は和銅元年(708)に裸行上人がはじめて登山し、弥陀三尊の来迎に会って頂上に阿弥陀三尊を祀り、翌二年に神託を受けて麓の関山に社殿を営み、関山三所権現と称した。 次いで大同年間(806-810)弘法大師が参籠して山頂で密法を修し、数日にして霊験なる神託を得たが、その旨を奏聞したところ天皇は叡感のあまり勅宣を下して関山権現ならびに七堂伽藍・末社・堂塔を造営され、寺領三千石を賜ったという。
 もちろんこれらの伝承は後世の造作であろうが、裸行上人の開基をうたうところからみて、紀州熊野那智山系修験道の影響があったと考えられる。 また山頂に阿弥陀三尊を安置したのは、頸城平野からみて妙高山が西にあるため弥陀応化の霊場に比定されたことによるが、阿弥陀三尊が一光三尊仏であることから中古に信州善光寺信仰の影響があったとみられる。
[中略]
三尊仏は明治二年に山下へ下ろされ、現在は関山神社境内の妙高堂に安置されている。 ともに銅造で、中尊は47.2センチ、鎌倉末期の作、両脇侍は江戸期の補作といわれる。
[中略]
 関山三所大権現は、主尊が関山大権現(祭神国常立尊、本地聖観音)、左脇侍が白山大権現(伊弉冊尊、本地十一面観音)、右脇侍が新羅大明神(素戔鳴尊、本地文殊)であるが、古くから祀られていた本尊に脇尊が加えられて三所になったものと考えられる。 文献のうえでは、関山三所大権現の初見は天正十年(1582)四月の上杉景勝の起請文であるが、成立はもっと古いであろう。
 関山権現の主尊として殿内中央の厨子に安置されていた秘仏の銅造聖観音菩薩像(県指定文化財)は像高20.3センチの小像で、朝鮮三国時代の新羅仏であり、いたって古い仏像である。 また脇侍の銅像十一面観音像、騎獅子文殊菩薩像はともに江戸時代の作である。 当所からの仏像とは思えないが、聖観音像がまずあって十一面観音像と騎獅子文殊像がのちに加わったことは間違いないであろう。 白山権現の合祀は能生白山権現の影響、新羅大明神の合祀は信州戸隠山の影響があったと思われる。 また関山大権現の本地仏聖観音像が非常に古いものであることは、妙高山信仰としては阿弥陀信仰より観音信仰が早かったことを推測せしめる。