富士山本宮浅間大社 静岡県富士宮市宮町 式内社(駿河国富士郡 浅間神社[名神大])
駿河国一宮
旧・官幣大社
現在の祭神 木花之佐久夜毘売命
[配祀] 天津日高日子番能邇邇芸命・大山津見神
[合祀] 荒御魂神 <荒神社>・弥都波能売神 <水神社>・須佐之男命 <牛頭天王社>・日之宮神 <日之宮社>・天照大御神 <伊勢社>・応神天皇 <八幡社>・市杵嶋姫神 <弁天社>・見目神 <見目社>・飯酒御子神 <飯酒王子社>
本地 大日如来 千手観音

「真名本 曾我物語」巻第七

昔富士の郡に老人の夫婦ありけるが、一人の孝子もなくして老い行く末を歎きける程に、後苑の竹の中に七つ八つばかりと打見えたる女子一人出で来れり。
[中略]
その時二人の老人たちこの少き者を賞き遵く程に、その形斜めならず、芙蓉の眸気高くて、宿殖徳本の形、衆人愛敬の躰は天下に双びなき程の美人なり。 かの少き者を赫屋姫とぞ申しける。 家主の翁をば管竹の翁と号して、その嫗をば加笹の嫗と申す。 これら三人の者共は夜も昼も額を合わせて営み養ひて過ぎ行く程に、この赫屋姫成人して十五歳と申しける秋のころ、駿河の国の国司、見国のために下られたりける折節、この赫屋姫の事を聞て、翁婦夫共に呼び寄せて、自今以後は父母と憑み奉るべしとて、この国の官吏となされけり。 これに依て娘の赫屋姫と国司と夫婦の契有て、国務政道を管竹の翁が心に任せてけり。
かくて年月を送る程に、翁夫婦は一期の程は不足の念ひなくして、最後めでたく隠れ候ひぬ。 その後、中五年有て、赫屋姫国司に合ひて語りけるは、今は暇申して、自は富士の山の仙宮へ返らむ。 我はこれもとより仙女なり。 かの管竹の翁夫婦に過去の宿縁あるが故に、その恩を報ぜむがために且く仙宮より来れり。 また御辺のためにも先世の夫婦の情を残せし故に、今また夫婦となるなり。 翁夫婦も自が宿縁尽きて、早や空しく死して別れぬ。 童は君と余業の契も今は早や過ぎぬれば、本の仙宮へ返るなり。 自ら恋しく思し食されん時は、この筥を取りつつ常に開て見給ふべしとて、その夜の暁方には舁消すやうに失せにけり。 夜明くれば、国司は空しき床に只独り留り居て、泣き悲しむ事限りもなし。
[中略]
かくて月日空しく過ぎ行けども、悲歎の闇路は晴れ遣らず。 その時かの国司泣く泣く、独り留り居て、起きて思ふも口惜しく、臥して悲しむも堪へ難し。 かの返魂香の筥をば腋に挍みつつ、富士の禅定に至て四方を見亘せば、山の頂きに大なる池あり。 その池の中に太多の嶋あり。 嶋の中に宮殿楼閣に似たる巌石ども太多あり。 中より件の赫屋姫は顕れ出でたり。 その形人間の類にはあらず。 玉の冠、錦の袂、天人の影向に異ならず。 これを見てかの国司は悲しみに堪へずして、終にかの返魂香の筥を腋の下に懐きながら、その池に身を投げて失せにけり。
[中略]
中にも富士浅間の大菩薩は本地千手観音にて在せば、六観音の中には地獄の道を官り給ふ仏なれば、我らまでも結縁の衆生なれば、などか一百三十六の地獄の苦患をば救ひ給はざらん。
これらを思ふに、昔の赫屋姫も国司も富士浅間の大菩薩の応跡示現の初めなり。 今の世までも男躰女躰の社にて御在すは則ちこれなり。

「冨士山縁起状」

それ冨士浅間大菩薩とは、法性無漏の山高く三国に勝れ、垂迹和光の光広く、権現の神風豊葦原の国に扇き、そもそも神代の往昔機根未だ熟せざるが故にて、自ら無始旧業の霧に隠れ、無明業障の雲に埋れ、未だ真如法性の妙光山と陽れず。 然るに衆生信心の精進株根熟し、其の時節を待て、天神七代・地神五代畢て、仁王七代の帝孝霊天皇の御宇に、此の御山初めて出現する処なり。
[中略]
それ大宮権現は、小社に対して、大宮と言ふに非ず。 元来無比の独大独尊正躰なり。 麓に垂迹を現す故に、大宮と号し奉る。
[中略]
大宮はこれ大慈大悲の観世音、大乗大智和光大悲広大無辺の理を施さんが為め、最尊最上の大義を以て、大宮と号す。 山中茂良山御堂とは、十住十行十廻行に十地昇進修して登る階級四十二位の修行なり。 山中四十里の道中を踏み上るが故に、凡夫の肉身忽ち八葉等覚の峰妙覚毘盧の頂上に昇て、大日覚王を拝したてまつる。 大俗の凡夫速やかに即身成仏の事、霊仏霊社の参詣多しと雖も、即身即仏の利生立ち処に蒙る事、冨士参詣には過ぎず。 そもそもこの山の惣躰は、外院は金の大日、内院は胎の大日、両部不二一体なり。 八葉九尊は、第一の嶽は天照皇大神本地地蔵薩埵なり。 第二の嶽は熊野権現本地阿弥陀如来。 第三の嶽は伊豆権現本地観世音。 第四の嶽は白山権現本地釈迦。 第五の崗は日吉山王本地弥勒仏。 第六の嶽は鹿島金山大明神本地薬師如来。 第七の嶽は三嶋大明神本地宝勝尊。 第八の嶽は筥根権現本地大聖文殊御堂。 五所の権現は五大力菩薩中宮観音・弥勒の二尊也。 日神子は伊弉諾・伊弉冉二神御座すか故に、金胎両部の峰と名く。 惣じてこの御山は下金輪際より出て上碧天に等し。 釈尊出世して成道説法利生し給ふ。 諸天善神三世常住天降り音楽を奏し花を散らし香を焼き給ふ故に、今焼香の煙立ち音楽の響き絶へざるなり。

「駿河国新風土記」巻之二十四

富士浅間本宮[LINK]

楼門を入て左右廻廊あり。 中央に舞殿・拝殿あり。 本宮は二階につくりて外に類なき作りざまなり。 末社三の御前社・七の御前社・若御前社、本宮の東西にあり。 廻廊を出て東の方、天神社あり。 天正の乱に北條氏政放火して本宮焼失せしとき、神体を此社にうつし祭し所なりと云。 其かたはら神池なり。 池のかたはらに長屋ありて此池にて身滌する人の衣をぬぐの所なり。 富士登山の者は皆此池水に入て身滌をなす。 其水の清冷筆につくしがたし。
[中略]
此池の北岸高き所に大日堂あり、本地堂と云。 池の中に島あり。 其島に弁才天女の祠あり。 【和漢三才図絵】に六弁才天の其一なりと云。 其像は空海の作にて、空海此所にいたりて初て祭る所なりと云。 別当宝幢院は此池の後にあり。 池の流れ神田川となる所に板橋あり。 異様なる造にて屋根あり。 此橋上にて神事を行ふの所なりと云。 宮の左右に大宮司・案主・公文・鍵取・供僧あまたの宅あり。

「仏像図彙」

富士権現

孝霊天皇五年に現す
駿州富士山は是三国無双の名山たり
源阿字空より出三観一心の旨を示し峯円頓を冥め三密同体理を顕す故に平城天皇[大同元年]本宮を立つ
醍醐天皇延喜に浅間を立つ大宮神也
本地大日
[図]