水神社 埼玉県三郷市鷹野5丁目  
現在の祭神 罔象女命
本地 水天

「埼玉の神社 大里・北葛飾・比企」

水神社

  三郷市鷹野5-513-1(寄巻字屋敷添)

歴史

 鎮座地の寄巻は、もとは戸ヶ崎村のうちで、延宝元年(1673)に分村し、元禄十年(1697)の検地では寄巻前谷村と見え、後に再び分村した。
[中略]
 当社の創建年代は明らかでないが、口碑によると、戸ヶ崎村の加藤家の氏神であった社が大水で流されてきて、そのままこの地に祀ったのが始まりであるという。
[中略]
 延享二年(1745)には、宗源宣示により正一位の神位を受けている。 当時、神祇管領より極位を受けるには多額の費用を要したといわれ、このころが村勢の安定する一つの境目であったものと思われる。
 『風土記稿』には「水神社 村の鎮守なり、金蔵院持」とある。 これに見える金蔵院とのかかわりを示す史料としては、「宣命位水神宮護摩供之礼別当金蔵院」と刻まれた版木が現存している。
 内陣には往時の本地仏の水天像(全高35センチメートル)が安置されている。

信仰

 当社の祭神は、水波能女命である。 古くから水の神として信仰を集めており、その神徳により、当地は大水による被害が他村に比べて少なかったという。 また、本地仏の水天像に見られるように、水神様のお使いは亀であるといわれており、このことから、氏子の間では亀を飼うことを控え、また、川で亀を捕まえた時はお神酒を含ませて放してやる習わしとなっている。