高杜神社 長野県中野市赤岩 式内論社(信濃国高井郡 高杜神社)
旧・県社
現在の祭神 少那彦名命
[配祀] 大国主命・健御名方命
本地 薬師如来

「日本の神々 9 美濃・飛騨・信濃」

高杜神社(斎藤武雄)

 千曲川と夜間瀬川の東方に聳える高社山(1351メートル)は、その秀麗な山容から通称「高井富士」と呼ばれている。 当社は古来の山岳信仰の名残をとどめる社であり、高杜山々頂の奥社、山腹の中社、山麓の里宮から成る。 現在の祭神は少彦名命を主神として相殿に大国主命を祀り(里宮だけこの二神に建御名方命を加えている)、上高井郡高山村高井字大宮南の高杜神社とともに『延喜式』神名帳高井郡六座(並小)のなかの「高社神社」の論社となっている。 旧指定県社。
 里宮の鎮座する赤岩は夜間瀬川右岸の小高い山裾に位置し、七ツ鉢遺跡(中野市重要文化財)や神宮寺下遺跡の存在などからみて、このあたりには縄文期より連綿として集落が営まれ、七世紀頃にはかなりの規模に達していたと推定される。 社宝のなかにも、縄文・弥生期の祭器とおぼしき土器・石器がある。 当社について社記は、「創立年代不詳ナレド本村ノ内赤岩村ノ産土神ニシテ延喜式神名帳ニ記載ノ高杜神社ノ旨伝フ、奥社ハ高社山第二峰ノ巌窟中ニ鎮座シ土俗高杜薬師ト称ス中古真言宗神宮寺別当タリシ時祭神ヲ第一峰ノ小祠ニ移シ改メテ薬師仏ヲ安置ス正中年間(1324-26)神宮寺廃絶ノ処、文明(1469-87)ノ頃曹洞宗ノ僧宗従再興シテ猶薬師ノ別当タリ、寛永年間谷巌寺ト改称シ現今ニ存ス」と述べており、中世の高社山が薬師如来を本地とする修験の霊場であったことをうかがわせているが、その基層にははるか縄文期まで遡る自然崇拝があったにちがいない。
 中社(本社)は赤岩部落の東方、奥社の登り口から1キロ余の所にある。 元来は奥社の遥拝所であったといわれ、社地は細長く広大で、東西約440メートル、南北約120メートルに及ぶ。 中社の東辺にはかつて別当の真言宗神宮寺が広大な境内を誇っていたと推定されるが、現在はあとかたもなく、谷巌寺という大きな寺院が建てられている。 しかし神宮寺の遺物として本尊の金銅薬師如来立像が発掘されており、また中社には慶長十六年(1611)銘の風鈴が鰐口などがある。