| 高雄神社 | 福井県福井市本堂町 | 旧・村社 |
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| 現在の祭神 | 伊弉冊尊 [配祀] 天忍穂耳尊・大己貴命 |
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| 本地 |
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高雄神社の本殿には十一面観音菩薩立像(伝高尾大権現)、阿弥陀如来立像(伝越知山権現)、聖観音菩薩立像(伝白山権現)が安置されている。 最近の調査によれば、三像はその構造技法や保存状態を同じくしていることから、ほぼ一具同作と見てよいとされている。 白山の白山三所権現の本地仏は白山妙理大菩薩が十一面観音、大汝が阿弥陀、別山大行事が聖観音であるから、高雄神社の三所権現と一致することになり、白山三所権現が高雄山信仰の場に転用されたことがわかる。
本社の祭神は三柱あって、中央が高雄大権現、右(向かって左)が白山権現、左が越智権現である。 『越前国名蹟考』では、中央が白山権現、右が高雄権現となっているから、いつのときか高雄権現と白山権現が入れかわった。 しかし本尊は泰澄大師作の十一面観音で十七年に一度しか開帳しないというから、やはり本来の主祭神は白山権現であろう。
『越前国名蹟考』には「西堂東堂二つ有」とある。 文意がはっきりしないが、高雄神社はほぼ南面しているから、西堂というのは薬師堂、東堂というのは宵の宮のことであろうか。 薬師堂の本尊は薬師如来である。 参道の左右に大きなのぼり旗が立っているが、「高雄神社」と書いたもののほかに「薬師如来」と大書したものもある。 薬師堂にも三柱の神が祭ってあって、中央が大国主命、左右が春日明神と応神天皇である。 奇妙な組み合せであるが、大国主命の本地が薬師如来であるというのであろう。
本社の東側の小社を宵の宮という。 宵の宮には猿田彦と天鈿女命が祭られている。 この二神は通称ハナオッサマ(鼻王様か)およびオシッサマ(お獅子様)と呼ばれている。 猿田彦が鼻高であることはわかるが、天鈿女命が獅子であるというのは珍らしい。 高雄神社の獅子渡りというのは、実は高雄神社そのものの行事ではなく、この宵の宮の神事なのである。
なお、石段の下にある観音堂は、もと本堂の出村である松田にあったものを移したという。 別宮の待手の宮は聖観音と伊弉冊命を祭るという。
十月九日、十月の秋祭りには、大鳥居の前に、高雄大権現と南無薬師如来の幟が高くはためき、夜・昼二回のお獅子渡りには、猿田彦大神 天鈿女命と書かれた大提灯がつづきます。 境内の石段をのぼりつめた正面が高雄大権現です。
祭神の伊弉冊尊、天忍穂耳尊、大己貴命の本地、十一面観世音、聖観世音の二菩薩、阿弥陀仏の三尊立像を御安置します。 高雄大権現の向って右が宵宮で、猿田彦大神、天鈿女命の男女二神をお祀りし、御幣をつけた鼻の長い男神と、獅子頭の女神が御神体です。 宵宮の右が、松谷の宮の観音堂で、祭神は伊弉冊尊ですが、本地の聖観世音菩薩立像を御安置します。 観音堂の横にある笏谷石の七重石塔は、第一段の三面に、薬研彫の阿弥陀仏、観世音と大勢至の二菩薩の種子があり、正応三年(1290)の銘をもち越前最古の塔です。
さて 高雄大権現の左の薬師堂は、中央に大国主命、左に春日明神、右に応神天皇を祀り、それぞれの本地仏の薬師如来坐像、釈迦如来立像、男神立像を御安置します。
これら四社殿は、もと各字にあり明治四十一年十一月二日に合祀されました。 高雄大権現略縁起には、養老元年(717)三月、高雄山上で、三十六歳の泰澄大師が一刀三礼して彫刻されたと伝えています。 大師は、十一面観世音菩薩の願力で、憎しみと争いの修羅の苦しみを救い、聖観世音菩薩の願力で、飢渇の餓鬼の苦しみを助け、阿弥陀仏の願力で、浄土へ迎え、限りない光と命を与えようと願われました。
越の大徳、泰澄大師は、麻生津に生まれ、白山、越知山、文殊山など多くの山を開き、元正天皇の御不予を平復し、流行の痘瘡を治療し、諸国に多くの寺をたて、人々を教化されました。 三十三年ごとに、御本尊の御開扉があります。
薬師堂の薬師如来は、十二の願いをおこし、人々に健康と長寿を与え、釈迦如来は、五百の願いをおこし、正しい生活を教え、この世の平和を護ってくださる仏様であります。
宵宮の行事であるお獅子渡御由来は、むかし人身御供の幼児を食べていた怪物が、村内の人々を悲しみと恐怖におとしいれたとき、猿田彦大神(一説には、その子孫の武士)、天細女命が、この怪物を退治された恩に報い、功をたたえて二神をお祀りします。