瀧蔵神社 奈良県桜井市滝倉 旧・村社
瀧蔵三社権現 奈良県桜井市初瀬 長谷寺の境内社
現在の祭神 [中殿] 伊弉諾尊
[右殿] 伊弉冉尊
[左殿] 速玉神
本地
瀧蔵権現虚空蔵菩薩
新宮権現薬師如来
石像権現地蔵菩薩

「豊山玉石集」水之巻[LINK]

瀧蔵三所権現 (三社各表一間裏二間半・拝殿竪十間横三間)
当山の神名帳には滝蔵大菩薩といふ、 此神に三社有り、 第一御殿は新宮権現、 第二殿は瀧蔵権現、 第三殿は石像権現(大石を以て神体とす、社の内より外まで顕れ見ゆ、其根地に入て其幾程大なるかを知らず、世人福石といふ。参詣の人是を撫づるを事とす)。 三社別なれども総て瀧蔵権現といふ。 瀧蔵講式に曰く、新宮は女体にして柔和なる姿なり、本地は薬師如来。 瀧蔵は老父の形、本地は虚空蔵尊。 石像は比丘の形、本地は地蔵菩薩なり。 神武天皇の御宇明星天子瀧蔵の絶頂に降て鎮座し玉ふ(瀧蔵山は初瀬川上三十六町に有り)。 聖武天皇御宇天平二年八月十五日夜、長谷観音堂の左脇に平坦の地あり、明星天子降臨して比丘僧の形を現はし徳道上人に告て曰く、我は是れ上古より三神の里の地主なり、今重ねて十一面堂を衛護せんと約し給ふ。 依て祠を立て祭祀す、此権現は長谷八邑の鎮守なり。

「大和・紀伊 寺院神社大事典」

滝蔵神社

 当社はもと初瀬地方の地主神で長谷寺以前の霊地であったと思われ、長谷寺創建はこの神から神領を譲渡されたものという(長谷寺霊験記)。 長谷寺観音堂北東には新宮と称する滝蔵三社があり、本宮である当社を勧請したものという。 長谷寺密奏記(内閣文庫蔵大乗院文書)には 「滝蔵大菩薩(当山地主也、河上ニ坐シ御ス)」 とみえ、「大乗院寺社雑事記」明応二年(1493)四月一三日条に 「長谷寺新宮三社ハ、東本地ハ地蔵菩薩、中本地虚空蔵菩薩、西本地薬師如来也、本社ハ川上之竜(滝カ)倉明神、当山地主護(権カ)現也、見出之間引付之、本社神主ハせり井相伝之儀歟、新宮神主ハ自別当補任之」 と記す。