玉津島神社 和歌山県和歌山市和歌浦中三丁目 旧・村社
現在の祭神 稚日女命・息長足姫命(神功皇后)・衣通姫命・明光浦霊
本地 聖観音

「親房卿古今集序註」

衣通姫とは応神天皇御子二流[派歟]の皇子と云人の女也。 其姉は人皇十九代允恭天皇の后也。 其妹容顔絶妙にして、其色衣にとおりて照かゝやきけり。 仍衣通姫と云。 天皇きこしめして、使をつかはしてめされければ、皇后に憚申て不参内。 七たひまてめされけれと、猶いなみ申されければ、御使中臣烏賊津と云人、七日迄不食して、庭中に伏して憂歎申けるほとに、不得止してまいり給ひけり。 後に和歌の浦に跡をたる。 是を玉津島明神と申也。 又住吉四所神殿の中に、此明神其一とす。 昔の歌の道を好給けるに依て、今も此道をまもる神にましますと云々。 又或抄云、玉津島明神奉崇給事、家々に云様有、それも無謂。 当流所習は、光孝天皇御悩有し時、御祈祷ある曙に、赤袴着たる女房枕に立て云、 立かへり又も此世に跡たれん其名うれしきわかのうらなみ と。 御門御夢に見へれは、夢中に誰人そと問給ふ。 衣通姫と答たまふ。 仍仁和三年九月十三日、右大弁源隆行勅使として、和歌浦玉津島の社を造立して、 次信遍上人勧請して奉崇本地聖観音。 是妃和歌浦に垂跡事は彼立帰の歌に見たり。