八幡宮 愛知県岡崎市福岡町 旧・郷社
現在の祭神 応神天皇・天照皇大神
[配祀] 白山姫命・伊雑大神・罔象女命
本地 阿弥陀如来

土呂八幡宮案内板(岡崎市教育委員会)

土呂八幡宮

◇重要文化財 建造物 八幡宮本殿 一棟(付棟札)
           昭和六年一月十九日指定
◇県指定文化財 彫刻 木造阿弥陀如来坐像 一躯
           昭和三十七年三月十日指定

 社殿によれば、本社の創立は奈良末期~平安初期といい、末社・随身門・神宮寺を伴っていたという。
 応仁年間(1467~69)蓮如上人が神宮寺の側に本宗寺を建て、三河一向宗の拠点となった。
 永禄六年(1563)~七年の三河一向一揆の祭、本宗寺ととものに当社殿も焼失し、記録等は失われた。 その後、家康の命により、石川数正が八幡宮の再興にあたったと伝えられている。
 現在の社殿は、元和五年(1619)代官畔柳寿学の再建で、大工は伊勢の河北二郎兵衛定守という。
 三間社流造、桧皮葺で古風な形式を残している。
 阿弥陀如来坐像は、元亀年中(1570~73)に廃退した神宮寺の本地仏である。
 像高144cm、寄木造、彫眼で、かつては漆箔像であったと思われるが、現在の表面は黒漆仕上げである。 躯体、螺髪等からみて平安後期の作であり、伏し目がちの眼、丸顔には定朝様の影響がうかがえる。