「新編武蔵風土記稿」巻之八十七
(都筑郡之七)
荏田村
剣社
村の中央字榎木谷にあり、
剣明神と号す、
当所の惣鎮守なり、
社伝あり、奇怪の説なれどしばらくこゝにのす、
昔陸奥国より炭を商ふもの、鎌倉へ往来して、鍛冶のもとへかの炭を売ること年久しければ、鍛冶もかの商人が来ること、年をへておこたらざることを謝して、己が作りたる刀一口を贈れり、
商人よろこびてこれを携へ、国へかへらんとして此所をすぎ、泉谷の辺りにとゞまりて、路のつかれをしばしやすめんといこひしに、喉のかれたりしかば、ありあふ泉を掬して呑けるに、酒に酔ひしごとく、覚へず倒れ臥したりしを、側なる松の木の上より大蛇ねらひよりて呑んとす、
時に携へたる刀自ら抜出て、蛇を斬殺しけるに、かのもの危き命をたすかりしとなん、
よりて剣を祀りて剣明神と号すと云々、
このこと世にまゝつたふる話にて、いとおぼつかなきことなり、
本地不動の像、今は別当観福寺に安置せり、
本社に上屋を設く、五間に四間半東向なり、
前に石の鳥居をたつ、
又水田の間二三丁をへだてゝ木の鳥居あり、
古はこゝまでも大門前のつゞきなりしと云、
例祭は九月二十七日、
橘樹郡平村の神職来りて祭事を行ふを定式とす