津島神社 愛知県津島市神明町 旧・国幣小社
現在の祭神
津島神社建速須佐之男命
[配祀] 大穴牟遅命
摂社・弥五郎殿社大己牟遅命・武内宿彌
本地
牛頭天王薬師如来
弥五郎殿毘沙門天

「牛頭天王縁起并年記」

薬宝賢菩薩縁起

夫以牛頭天王者、薬師如来垂跡御変身、 婆梨采女者、十一面観世音菩薩也、 為利生出現廻方便利益衆生給者也

「尾張名所図会」巻之七

正一位津島牛頭天王社

同村向島に鎮座。 【本国帳】に正一位津島牛頭天王と見え、元亀二年書写の【国府宮本】に正一位上と載せたり。
当社は人皇七代孝霊天皇四十五年、素戔鳴尊の和霊、韓郷の島(【書紀集解】に、韓郷の島は新羅国を云ふと見えたり)より帰朝ましまし、先西海対馬に留り、此所に年を経給ひ、其後、欽明天皇元年己未年、此神島に光臨し給ふ。 (【塩尻】に社記を引きて、嵯峨帝の御宇、社を建つとあり。しかれば弘仁年中の造営なるべしとしるせり。されどこは修造をいへるなるべし) 故に旧名の藤波里を改めて津島と号せり。 対馬と津島と、古通ひて用ふれば、しか名付けしなり。 始は居守の地に鎮座ありしが、(【浪合記】に、欽明天皇の御宇海部郡中島に光を現ず、これを見れば柳竹に白幣あり、神託に、我は素盞烏尊なり、此処に坐して日本の総鎮守なるべしと。これによつて社を建てゝ崇め奉る。始めて柳竹に現じて鎮座し給ひし所を、居守と号するなるべし) 村上天皇の天暦二戊申年、勅使ありて、柏森の地に社を建て給ひ、後村上院の建徳元庚戌年正月、正一位の神階を授けられ、日本総社(素尊は則皇国の本主なり。故に日本総社と崇め給ひしなり)と称し給ふ。
[中略]
本社 素戔烏尊を祭る。 しかれども神主家の説には、今内陣に十七座在す。 則素盞烏尊をはじめ、大己貴命、左に八王子、右に七名の神いませり。 こゝをもつて古を考ふれば、おそらくは【式】の神名帳に見えたる国玉神社ならんか。 祭神を一座と唱へ初めしは、古き事にあらざるよしいへり。 しかればむかしの神名は失せて、中世已後今の如くとなへ初めしにや。 国玉神社ならんといへる説も、暗推の論なれば、慥なる証とはしがたし。
瑞籬・祭供殿・拝殿・御供所・楼門・南門・神厩・文庫・絵馬所・神庫・篝台(仁寿の年号見ゆ)・鳥居・御井館・手水館等あり。
末社
 居守社 本社の南一町にあり。 祭神三座。素盞烏尊の幸魂、左は疹神、右は大日孁貴命の幸魂なり。 天王始て来臨し給ふ時、神船を高津の湊の森に寄せ奉りけるに、蘇民が裔孫なりといへる老女、霊鳩の託によりて森の中に居ゑ奉りければ、里民参拝して森に居給へりといひける故、今社号となりたるよし。社伝に見えたり。
 柏宮 本社の南にあり。祭神素盞烏尊の奇魂なり。 天暦二年神託によつて居守の地より爰に移す。 社之のうしろに古柏樹一株あり。故に社号とせり。
 一王子社 本社の東にありて、奇稲田媛命を祀る。俗にうつくしの御前と称す。
 八王子社 本社の西にあり。五男三女の神をまつる。
 大国社 本社の東にあり。大国霊神を祀る。
 若宮御前社 同所にあり。事代主命をまつれり。
 蛇毒神社 同所にあり。八岐大蛇の霊を祭る。
 当下御前社 同所にあり。五十猛神を祀る。
 滝御前社 同所にあり。弥豆麻岐神を祭る。
 王御前社 同所にあり。秋比咩神を祀る。
 熱田社 本社の東南にあり。日本武尊を祭る。
 米御前社 同所にあり。倉稲魂神を祀る。
 矢御前社 同所にあり。大歳神を祀る。
 蘇民社 同所にあり。蘇民将来を祀る。 【公事根元】に、素盞烏尊の童部にして、牛頭天王とも武塔天神共申すなり。
[中略]
 児御前社 同所にあり。若王神を祀る。
 大社御前社 同所にあり。大山咋神を祀る。
 船附御前社 同所にあり。庭高津日神を祀る。
 内宮外宮遥拝所 南門の内、東西にあり。
 多度社 南門の内、西の方にあり。天目一箇神を祀る。
 弥五郎殿社 本社の南西の方にあり。武内宿彌を祀る。 【浪合記】に、左太彦宮は今の弥五郎殿是なり。武内大臣と平定経と二座なり。 (定経は地主神なり) 後村上院正平元年七月十三日、夢想ありて堀田弥五郎正泰これを祀る。 時の人願主の名によりて、世に弥五郎殿といふよし見えたり。
 星宮 本社の西南にあり。天恩穂耳命を祀る。
 屋根御前社 同所にあり。庭津日神を祀る。
 塵宮 本社の西にあり。聖神を祀る。俗に山神といふ。
 弁財天社 同所にあり。
 稲荷社 同所にあり。
 経塚社 同所にあり。
 千手社 同所にあり。
 一切経社 同所にあり。
 毘沙門社 弥五郎殿の北にあり。
 橋守社 石橋の南にあり。
 愛宕社 同所にあり。
神宮寺 弥五郎殿の北にあり。 慈覚大師作の薬師、及び十二神将を安す。

「牛頭天王講式」

又仁王三十代欽明天王ノ御宇ニ、東海道尾張国海部ノ郡門真荘津島ニ跡ヲ垂レ玉ヘリ。 然ルニ此ノ在所ヲ鍵以ミレバ、左ニ大河流レタリ是レ自左青龍ナリ、 右道在リ是レ白虎、前ノ池ハ即前朱雀、後ノ山ハ又後玄武、 故ニ法天然トシテ而モ四神相応ノ島ナレバ、実ニ以テ他ニ異ル霊地霊験也。 中ニ付テ此国ヲ日本ト云モ、薬師ノ日光月光出世ニ昼夜ヲ昭シ玉フ徳也。
然間古ヘ天照太神ノ、浮橋ノ上ニシテ天ノ逆鉾ヲ以テ、大海原ヲ探リ玉フ時、 老翁一人葦ノ歯ニ乗テ浮ビ出テ、我ハ是此ノ国ノ地主本地薬師ト告依、此国ヲ磤馭廬島ト名モ、 今此ノ島ノ事ガ歟、其ノ故ハ彼ノ蘆ノ葉ハ島ト成リシヨリ国ト開ル、故ニ豊葦原国トモ号ス。 此ノ葦ヲ以テ我国ノ地主ト敬フニ因テ、此ノ島ニ於テ弥五郎殿称、 地主ト崇メ奉処ナレバ其ノ本地モ亦仏法擁護ノ多門天也。