都都古別神社 福島県東白川郡棚倉町八槻 式内社(陸奥国白河郡 都都古和気神社[名神大])
陸奥国一宮
旧・国幣中社
現在の祭神 味耜高彦根命
[配祀] 日本武尊
本地 阿弥陀如来・観世音菩薩(十一面観音)

「由緒書」

当社は人皇拾二代景行天皇之御宇、於東国五命に不服者有之、 日本武尊征伐之節出現加護之神□諸は面足尊・惶根尊・事勝国勝長狭命三神お祭扉内陣候三戸に、 則日本武尊建立、古号都々古別神社と申、 奥州一宮白河一百座の首座大社にて、延喜式内神名帳等歴然に御座候、 地主神味耜高彦根命・日本武尊以上五膳奉備候、
人皇七十代後冷泉院御宇、八幡太郎源義家寛治年中当国在陣之砌参□勝軍の祈願有之、 帰陣之節社頭改造立、社領寄附有之、 其節神前へ八本槻木を被置献候故、地名を八槻と相改候、古木于今御座候、 義家帰洛之上依勅命社号近津大明神と相改め候、
其後佐竹家常州国主の節此処迄御領地故、社中不残御建立、 本社・拝殿・末社・長床・弐階塔、山門、鐘楼、本地堂、潔斎所迄御座候、
[中略]
一 本地堂弐ヶ所観音堂社地境内に立
弥陀堂別当門前に立

藤田定興「磐梯・八溝の修験遺跡と文化財」

近津明神の文化財

 近津神社にみえる仏像は、十一面観音像・善光寺式観音像・阿弥陀如来像等で、この他旧蔵の役行者像がある。 近津神の本地仏は、寛政二年の近津明神別当大善院の『由緒書』に 「本地堂弐ヶ所・観音堂社地境内ニ立・弥陀堂別当門前ニ立」 とあって観音と阿弥陀であった。 中でも阿弥陀と観音は十一面観音像を本地としていたらしく、本社に伝存する懸仏が十一面観音像であり、あるいは十一面観音と阿弥陀、地蔵の三尊並置のものであることにより知られる。 今日伝えられている仏像は阿弥陀像一躯の他、十一面観音像が二躯見られる。