六代目三遊亭圓生師は「大山詣り」のマクラで両国の石尊垢離場について、こう語っていました:
ここで一七日のあいだ水垢離をいたします。「懺悔懺悔、六根清浄、おしめにはったい金剛童子、大山大聖不動明王、石尊大権現、大天狗小天狗……」という(集英社文庫『圓生古典落語3』)

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年6月8日

石尊垢離場の唱詞の中で、大山大聖不動明王は大山寺の御本尊です。
石尊大権現・大天狗・小天狗は、大山山頂の大山阿夫利神社本社・奥社・前社にそれぞれ祀られていました(神仏分離後の祭神は大山祇大神・大雷神・高?神)。
では、「おしめにはったい金剛童子」とは一体何でしょうか?

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圓生師はこう説明していました:
「おしめにはったい」てんですが何の事たかわからない。ある方に伺ってみたらこれは違うんだそうですね。「大峯八大金剛童子」というんだそうです。ところがその大勢でやってるうちにいつか、大峯がおしめになっちまってね。(集英社文庫『圓生古典落語3』)

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大峯八大金剛童子は金剛蔵王権現の眷属で、大峯山における修験者の守護神です。
文観僧正の『金峰山秘密伝』https://t.co/EkhrkI5jb7
には、各童子の宿・名称・印相・持物・本地仏などが記されています。
この大峯八大金剛童子は相州大山にも勧請されていたのでしょうか?

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『新編相模国風土記稿』の大山の項https://t.co/Kcahet5ju6
によると、大山寺不動堂(現在の大山阿夫利神社下社の場所)の二王門内には八大社があり、八大金剛童子を祀っていました(八大社は現存しません)。
これが大峯八大金剛童子なら話は簡単ですが……

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『新纂仏像図鑑』の不動八大童子の解説https://t.co/YRt8agCmYC
には「不動八大童子は八大金剛童子とも云ひ、不動明王の眷属にして、四智四波羅蜜の徳を具すとなす」とあります。
相州大山は不動信仰の山なので、八大社も不動明王の眷属を祀ったと考えるのが自然でしょう。

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良弁上人による大山開山伝承を記した『相模国大山寺縁起』https://t.co/FdyLpCqVfq
には「勢多迦童子今八大社也」とあります。
勢多迦童子(制多迦童子)は不動明王の眷属ですので、やはり八大社には不動八大童子が祀られていたのだろうと思います。

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内藤正敏『修験道の精神世界』(青弓社)に、湯殿山の旧別当寺に伝わる「湯殿山法楽」という唱詞が紹介されています。
仙人沢から湯殿山奥の院(現在の湯殿山神社本宮)に至る山河の自然物を神格化した神仏(御沢仏)の尊名を唱えるもので、内藤氏は「音の湯殿山マンダラ」と評しています。

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御沢仏を拝して「湯殿山法楽」を唱えながら、梵字川沿いに沢を登って湯殿山奥の院に至る「御沢駈け」という行があります。
この行では先ず梵字川にかかる御沢橋から湯殿山奥の院の御神体を遥拝し、「南無帰命頂礼慚愧懺悔六根罪障、御注連(おしめ)に八大金剛童子の一時に礼拝」と唱えるそうです。

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湯殿山の御神体は温泉が湧き出る茶褐色の巨岩です。
湯殿山信仰では八大金剛童子は神体岩であり、湯殿山大権現が示現した姿です。
『出羽国風土記』https://t.co/CF9jEaYi59
には「湯殿山の濫觴を尋来るに大日?の尊神八大金剛童子御本地大日如来なりと有り」とあります。

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白鷹町の塩田行屋に現存する御沢仏の像が白鷹町文化交流センターで展示された事がありました。その時の展示作品リスト:https://t.co/L4TSSr8zI3
@が御注連八大金剛童子(塩田行屋では「御秘密八大金剛童子」と表記)ですが、一般的な金剛童子像とはかなり異なります。

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湯殿山注連寺の開創伝承https://t.co/7Kiomtl20e
には「八大金剛童子の御姿が、頭に白布の宝冠を被り、白衣を着て、首にしめ縄を掛けていたことから湯殿山での修行や参拝の装束とされてきました」とあります。
塩田行屋の「御秘密八大金剛童子」はこれに則っています。

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『修験道の精神世界』によると、羽黒修験にも「湯殿山法楽」と同様の「三山祝言」が伝わっているとのこと。
また、山本ひろ子『変成譜』(春秋社)によると、奥三河の大神楽や富士登山の祝詞でも「御注連(または御七五三)に八大金剛童子」の唱詞は用いられていたそうです。

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そうすると、両国の石尊垢離場で唱えていた「おしめ」も大峯が訛ったのではなく「御注連」なのでしょう。
つまり、強情な江戸ッ子の「俺なんか親父の代からやっているんだな、おしめでいいんだよ」(集英社文庫『圓生古典落語3』)が正しかったわけですね。

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