@gishigaku @susahadeth52623 『神道集』では、神璽は欽明天皇の御代に大般若経に副えられて伝来し、秦奢(深沙)大王はそれに先立って日本に来て蟻通明神となりました。(『神道集』では玄奘は崇神天皇の時代に秦奢大王から大般若経を授かった事になっています)

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年6月16日

『神道集』によると、この神璽は元々は天照大神が天降った時に第六天魔王から貰い受けた物で、その後に代々の帝に受け継がれたが、孝昭天皇の時に天朔女が盗んで失われ、欽明天皇の御代になって日本に戻って来たという話になっています。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年6月16日

@gishigaku 『神道集』って歴史的には全く辻褄が合わず(玄奘の西天取経は本当は欽明天皇より後の唐代の出来事だし)、江戸時代には「荒唐無稽」のレッテルを貼られたそうです(平凡社東洋文庫版の解説による)。そういった点も含めて大好きな本の一つなんですが。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年6月16日

日本では、日光開山伝承を記した『補陀洛山建立修行日記』https://t.co/6D7vVfXwsf
の中で、勝道上人が大谷川を渡る際、深沙大王が出現して二匹の蛇で橋を架けた(山菅の蛇橋の由来)という伝説が知られています。 https://t.co/SZeT6VkezC

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年6月21日

@HisadomeK 東京では調布の深大寺に、福満(後に深大寺を開く満功上人の父)が郷長の娘に逢うため、深沙大王に祈って霊亀に乗って湖水を渡ったという伝説が有ります。https://t.co/Wrwgyx1xoo
「深大」の寺号は深沙大王を祀った寺である事に由来します。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年6月21日

@HisadomeK 深沙大王が小説『西遊記』で水怪の沙悟浄に変貌したのと同様、日本でも深沙大王の砂漠の神という属性は忘れられ、川や湖といった水を渡してくれる神と云う認識が強かったようです。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年6月21日

@HisadomeK 相州大山開山伝承を記した『大山寺縁起』https://t.co/Eb5NaR5nDT
によると、良弁上人が大山で修行中、大龍が現れて「我は是れ当山守護深沙振邪大王也」と名乗り、二重瀧を出現させました。深沙振邪大王は龍神(水神)と考えられていたわけです。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年6月21日