数年前『成吉思汗の秘密』を再読したら、磯原神社秘蔵の義経自筆の願文なるものが!
「越中国婦負郡宮川郷、神明赤池上皇祖皇大神宮、神明御前自身に伊予守義顕、臣武蔵坊弁慶、生国に望なく、以て蝦夷唐国の王たらんことを望み寿福立身を祈り奉る」 https://t.co/JbJFUMaHTf

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年8月1日

@HisadomeK 初読時には軽く読み飛ばした箇所ですが、これは天津教・竹内文書関連ですよね。https://t.co/KkHM12NptYの下の方に写真が有ります。
この願文については、高木彬光先生も「もし、これが本物だったとしても…」と消極的でしたが。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年8月2日

@gishigaku @Don_Braco 様々な文献(皇祖皇太神宮の祈願文https://t.co/pu9Hv2sNl0まで!)を巡る議論は楽しく読めたのですが、天城山心中のコジツケでガッカリしました。ビリーバーの神津恭介はともかく、論敵の井村助教授があれで納得するのか?

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年3月13日

@gishigaku @Don_Braco どうですかねえ。『成吉思汗の秘密』の本文では「茨城県の磯原神社は、もと越中国神通川のほとりにあった宮をこちらへ遷座したものだというが」とあり、皇祖皇太神宮や天津教の名は出していません。もちろん、竹内文書にも言及していません。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年3月14日