『西遊記』の猪八戒の前世は天の川の水軍総督の天蓬元帥で、蟠桃会で酒に酔って嫦娥に戯れた罪で下界に追放され、魂が牝豚の胎内に入って豚頭人身の妖怪に転生しました。
この「天蓬元帥」とはそもそもどのような存在だったのか、調べてみました。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年8月20日

@HisadomeK 主な参考資料は以下の通り:
劉枝万「天蓬神と天蓬呪について」(平河出版社『道教と宗教文化』所収)
二階堂善弘『道教・民間信仰における元帥神の変容』(関西大学出版部)
酒井規史『宋代道教における「道法」の研究』https://t.co/sSvK9dmVgh

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六朝時代の道士・陶弘景が上清派の教理を大成しました。その著作の一つに、同派が伝えた真人のお告げを編纂した『真誥』が有り、「北帝?鬼之法」として「天蓬天蓬」で始まる三十六句の呪文(天蓬呪)を唱える呪法が説かれています。https://t.co/CyNUS7Wg8l

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@HisadomeK 「此上神祝皆斬鬼之司名」とある事から、「天蓬」とは悪鬼を斬り殺す神将の名と解釈出来ます。また、「北帝秘其道」「此所謂北帝之神祝?鬼之良法」などの記述から、「北帝」との関係が窺えます。
そこで、少し回り道になりますが「北帝」について調べてみましょう。

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『真誥』によると、北方癸地に「羅?山」(別の文献では「?都山」)が在り、その山上と洞中にはそれぞれ六天宮(六天鬼神の宮)が在ります。人間は死ぬと第一宮(紂絶陰天宮)に赴き、生前の行為に対する処分を受けます。https://t.co/DFD9MVQet9

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@HisadomeK この第一宮にあって羅?山の六天宮を統治してるのが「北帝」です。「炎慶甲は古の炎帝なり。いま北太帝君と為る。天下鬼神の主なり」と説明が有ります。仏教経典では「閻羅王」と呼ばれています。
(つまり、羅?/?都は仏教で云う「地獄」に相当します)

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@HisadomeK 陶弘景の著作に、道教の神仙を七階層に体系化した『真霊位業図』が有ります。第七階の中位が「?都北陰大帝」で、「炎帝は大庭氏、諱は慶甲。天下鬼神の宗と為る」という説明は『真誥』における「北太帝君」と一致します。https://t.co/rBwsNUMbRE

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酒井規史によると、「?都山の北帝」(北太帝君・?都北陰大帝)とは別の流れとして、「霊宝経に見える玄老・黒帝」や「北極の神としての北帝」があり、六朝時代から唐末五代にかけてこれらの神格が統合していきます。
ここで後に天蓬元帥と強く関わってくるのが「北極の神としての北帝」です。

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@HisadomeK 隋の蕭吉の『五行大義』では、遁甲九神の筆頭に「天逢」を挙げます。
「遁甲の九神とは、天逢は坎に在り、一の名は子経、木神。斗に在りては破軍星に居す」「九神の名は上は並んで天と云ひ、(中略)この神は北斗に属す」https://t.co/9iyM7qLsfA

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@HisadomeK 「?都山の北帝」と「北極の神」が統合される過程で、「天逢」(天蓬)も「北斗に属す」事になったと思われます。
なお、後代の天蓬元帥は「北斗破軍星の化身」と説かれますが、『五行大義』の時点で既に「斗(北斗)に在りては破軍星に居す」とあるのが注目されます。

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唐末の杜光庭の『道教霊験記』には、「太帝はこれ北斗の中の紫微上宮の玄卿太帝君なり。上に斗極(北斗と北極)を理し、下に?都を統む」とあり、「北極の神」と「?都山の北帝」が「玄卿太帝君」として統合された事が判ります。https://t.co/A7S0hpoPPd

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@HisadomeK また、『道教霊験記』には、「天蓬上将、即ち太帝の元帥なり」「天蓬将軍は、これ北帝の上将、一切の鬼神を制伏す」などの記述が見られる事から、天蓬神は玄卿太帝君(北帝)に仕え、上級武官の称号を以て呼ばれていた武神である事が判ります。

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宋代には「北極の神としての北帝」は「北極紫微大帝」と呼ばれ、道教の最高神「三清」に次ぐ「四御」の一員として崇敬されるました。また、北極紫微大帝には天蓬元帥・天猷元帥・翊聖保徳真君・真武霊応真君の「北極四聖」が仕え、「北極駆邪院」という天界の機関を構成すると考えられました。

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@HisadomeK 北宋末の王契真の『上清霊宝大法』では、北極四聖は
 北極天蓬都元帥真君蒼天上帝
 北極天猷副元帥真君丹天上帝
 北極翊聖儲慶保徳真君皓天上帝
 北極佑聖真武霊応真君玄天上帝
と帝号を以て呼ばれました。https://t.co/UXtlA1Vczc

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@HisadomeK 天蓬元帥以外の三神ですが、天猷元帥は天蓬呪の第三十四句「天猷滅類」の神格化です。天蓬元帥の副神的な存在なので『上清霊宝大法』にあるように「副元帥」の称号で呼ばれる事もあります。

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@HisadomeK 翊聖保徳真君は北宋の開宝九年(976)に張守真に降臨した「黒?将軍」という神で、出自は民間の巫覡の守護神と考えられます。張守真が道士として太宗・真宗に重用された事で、朝廷から正式の祭祀を受けるようになりました。

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@HisadomeK 真武霊応真君は二十八宿中の北方七宿の神格化で、古くから四獣の一つ「玄武」として知られていましたが、宋の聖祖(趙玄朗)の諱を避けて「真武」と改めました。現在でも「玄天上帝」「真武大帝」として広く信仰を集めている有力な道教神です。

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南宋の頃、天蓬元帥を祖師とする道法《天蓬大法》が成立しました。道法・道術に関する各種テキストを集成した『道法会元』(明代の成立)には「祖師・九天尚父五方都総管北極左垣上将都統大元帥天蓬真君。姓は卞、名は荘」とあります。https://t.co/3NClPZWuKx

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@HisadomeK また、その姿形を「三頭六手。斧・索・弓・箭・剣・戟の六物を執る。黒衣玄冠。兵三十万衆を領す」とし、「即ち北斗破軍星の化身なり。また金眉老君の後身と為す。周時に生れ、孔子は卞荘子と称す」と説きます。

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@HisadomeK つまり、『論語』に「子路成人を問う。子曰く、臧武仲の知・公綽の不欲・卞荘子の勇・冉求の芸のごとき、之を文るに礼楽を以てせば、また以て成人と為すべし」と述べられた卞荘子が天蓬元帥だったのです。

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@HisadomeK 天蓬元帥が率いる多数の神将の中に「三十六員代天将」が有ります。これは《三十六将化身主事》として挙げられている、天蓬大将・九元殺童大将・五丁都司大将など三十六名の大将で、『真誥』で天蓬呪の三十六句を「此上神祝皆斬鬼之司名」と説いた事に由来します。

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劉枝万は「天蓬神信仰は、神自身の影が薄くて、むしろその呪文と法器が重視され、換言すれば天蓬元帥をさしおいて、天蓬呪と天蓬尺が独り歩きをしている」と述べています。
実際、天蓬尺は現在でも僻邪の法器として通販もされているようです。https://t.co/YMsuSpmwOy

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『道法会元』の《上清天蓬伏魔大法》の記事について、今回調べた書籍や論文でも天蓬元帥の「姓卞名荘」は言及されていますが、「生於周時孔子称卞荘子」はあまり触れられていません。専門家にとっては周知の事実なのかもしれませんが、私にとっては『論語』の卞荘子だというのは新鮮な発見でした。

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@HisadomeK 卞荘子については、『荀子』に齊の人が魯を攻めた時に卞荘子を避けた話が有ります。また、『史記』の陳軫の伝に、卞荘子が二頭の虎の争いを利用して両方の虎を仕留める話が有ります。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年8月21日