諏訪明神=タケミナカタが諏訪に稲作を伝えたというストーリーが納得できませんでした。『古事記』にそれらしい記述は無いですし、『神道集』『諏訪大明神絵詞』『諏訪上社物忌令』などを読んでも御射山祭などの御狩神事の由来の方が強調されています。 https://t.co/x9DRhbC8uw

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年10月24日

下社は上社より農耕儀礼の色彩が濃いので、あえて縄文vs弥生で図式化するなら、
 上社:縄文の狩猟神
 下社:弥生の農耕神
かな。
諏訪湖の〈御神渡り〉は縄文の民が弥生の稲作文化を受け入れた事を神婚で象徴した神事である……今でっち上げた説ですが、Nスペで採用してくれるだろうか? https://t.co/IP4yYosxbY

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年10月25日

式年造営御柱大祭に関しては『諏訪大明神絵詞』https://t.co/CR2jIQeTHXの「寅申の支干に当社造営ありき。一国の貢税永代の課役。桓武の御年に始れり。(中略)数十本の御柱。上下の大木一本別一二千人の力にて採用す」が最古の記録だそうですが、何故縄文由来とされるのか? https://t.co/IP4yYosxbY

— k.hisadome (@HisadomeK) 2016年10月25日