『大日本国一宮記』https://t.co/baJCkzquE7 の「下社伊弉冊尊。上社菊理媛」という記述をどう解釈するか?
 下社:本宮、上社:奥宮(御前峰)
 下社:本宮、上社:三宮
なお、平泉寺白山神社では今でも主祭神は菊理媛ではなく伊弉冊尊。 https://t.co/4Iv0IJ595i

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年3月19日

@nasonin565 山岸氏の見解でも、上社=三宮の祭神が菊理媛となった理由はよく判らないのですけどね。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年3月19日

『日吉社禰宜口伝抄』には日吉大社の客人宮(白山宮)について「所祭白山比売神、又名菊理姫神、則伊弉奈岐、伊弉奈美之奇魂也」と書かれています。
永承二年(1047)に写して天正十七年(1589)に日吉社に伝わったという伝来が真実なら、平安時代に白山=菊理姫説が有った事になりますが…… https://t.co/WuRsheT0TG

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年3月19日

@HisadomeK 『日吉社禰宜口伝抄』には、日吉社の禰宜行丸が写した年を「天正十七庚辰」と書いてありますが、天正十七年の干支は己丑なのです。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年3月19日

この三宮の神も情報が少ないですね。『白山之記』でも「白山の第三の姫宮なり」「垂迹は女神なり。 御装束等は本宮の如し」という事で、女神だということしか判りません。 https://t.co/MDLY2Fvs9P

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年3月19日

白山信仰に菊理媛を結び付けたのが吉田神道だったとすると、天台宗の勢力が強かった平泉寺(現在も主祭神は伊弉冊尊)はその影響を受けにくかったのかもしれない。 https://t.co/9VJgWAq2B2

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年3月20日