『玉置山権現縁起』によると、玉置山の三狐神は「三狐神本地之事有極秘口伝不可及外見」で「天狐王之形躰本地大聖歓喜天?天三面六臂六足正面観音右面天狐面左面地狐面第一左手持弓箭第二左手按腰右手持三鈷第三左手持髑髏指杖右手宝棒持向下左足踏巳男之胸挙二足屈又右一足踏地二足挙之皆如鳥之足」 https://t.co/auwIrFOcx0
— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年10月5日
また、「於新宮者飛鳥住。則漢司符将軍之妻室。三大明神之母也」
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三狐神は新宮では阿須賀神社の境内社・阿須賀稲荷神社に祀られている。
漢司符将軍の妻で、三大明神(熊野三党の祖)の母。
漢司符将軍とは彦山では下津瓦大明神(不詳)で、熊野では牛鼻大明神(三重県紀宝町の牛鼻神社)らしい。
『熊野山略記』の系図を整理すると:
— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年10月6日
熊野権現が天竺マガダ国の慈悲大顕王だった頃、長寛長者という人が王の蔵を預かっていた。長寛長者の子が比平符将軍、その子が漢司符将軍。
漢司符将軍が三狐神を妻として、基俊・基成・基行の三子が生まれ、その末裔が榎本・宇井・鈴木の熊野三党となった。
比平符将軍者、本地不動垂迹、百王鎮護ノ八幡大菩薩ノ随類神、河原大明神ト顕レ給フ、 真俊不動、基成大日、基行毘沙門垂迹、(三大明神顕給)
— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年10月6日
漢司符将軍者 毘沙門 牛鼻大明神顕
中天竺摩訶陀国慈悲大賢王ノ公卿、正三位千与定、其子息石田河上ニ南岡ノ住人トシテ、熊野部千与包、本地大日垂迹也
(中略)阿須賀大御前ハ本地アミタ如来、中社ハ伊勢・住吉・出雲大社、 同東ノハシニ御座スハ三狐神、榎本・宇井・鈴木三人母也、 権現中天竺マカタ国鎮守スト顕給フ時ハ、比平符将軍ト号シテ其子唐土ニテハ、漢司符将軍ト被召仕キ、鎮西彦山ニテハ上津瓦明神・下津瓦明神ト現、本地不動・毘沙門也
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『熊野山略記』によると、比平符将軍・漢司符将軍は彦山では上津瓦明神・下津瓦明神だという。現在の英彦山神宮の摂末社の中に、上津社・下津社があるが、それに該当するのだろうか? それとも別神だろうか?
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『長寛勘文』https://t.co/UYBCrodYzfに引用された熊野権現御垂跡縁起によると、熊野権現は最初に「八角なる水精の石」として「日本国?西日子の山峯」に天降ったので、熊野と彦山は関係が深いと考えられていた事は間違いないのだが。
— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年10月6日