幣立神社は神社本庁の『平成祭データ』には「阿蘇支部 06223」として登録されているので、神社本庁所属の神社のようです。大宇宙大和神(このネーミングセンスはどうにかして欲しい)を祭神とする神社は『平成祭データ』でも他に見つかりませんでした。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年7月27日

昭和39年の『神社名鑑』では、幣立神社の祭神は「天照皇大神 伊勢内宮外宮 阿蘇両宮」で、宝物は「神器(火の玉、水の玉) 神鏡(石鏡) 古神面(十六面) 神刀(三口)」

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年7月27日

昭和52年の『全国神社名鑑』では、幣立神社の祭神は「神漏岐命・神漏美命・大宇宙大和神・天御中主大神・天照大御神」で、社宝は「神器(火の玉・水の玉)五色神面・古代神面・景行天皇高屋宮址・神武天皇東遷御野立跡」

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年7月27日

大正15年の『阿蘇郡誌』における幣立神社の由緒https://t.co/0mJ3by0bXF
本社は人皇第一代神武天皇の孫健磐龍命筑紫火の国を始め給ふ時御来国の折の途次お駕場にてしばしご休憩ありし上に好望の地なりとて幣帛を立てて天神地祇を奉祭ありし地に

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年7月29日

(続き)人皇第六十代醍醐天皇の御宇延喜年中阿蘇大宮司友成公地方巡視のみぎり此の所に神殿を造営せしめ健磐龍命を主神とせられ幣立神社と社名せらる
其後第七十七代近衛天皇の天養元年今より七百七十九年前友成公十二の宮高橋明神両宮火宮伊勢内外宮の諸神を勧請して祭神とし

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年7月29日

(続き)現今の社殿は享保十四年九月の造営にかかり例祭日は九月十五日とす
社宝として瓢形の水火二玉あり中に一点の白気を含み天陰には散し天晴には凝ると云ひ伝ふ
此の他に隅洲住良時の銘ある太刀一振有り。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年7月29日

『阿蘇郡誌』の記述を信じるならば、幣立神社は延喜年間(901-923)の創建で、創建や祭神勧請には阿蘇大宮司が関与。健磐龍命が主神で、阿蘇神社・小国両神社・伊勢神宮を勧請しているので、本来は阿蘇山信仰の神社でしょう(天養元年の「友成公」は「友孝公」の誤記と思われます)。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年7月29日

幣立神社の祭神中に天照大神・天御中主大神があるのは、伊勢内宮外宮を勧請したからでしょう(伊勢神道の教義では外宮の祭神は天御中主尊と同神)。
幣立神社を「元伊勢」とする説をネットで見かけますが、ここが元伊勢だったら阿蘇大宮司がわざわざ伊勢内宮外宮を勧請する必要は無いですね。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2017年7月29日