『新編相模国風土記稿』の七沢村https://t.co/zzxHazJl12の浅間社の項に
「又社傍より勢至の木像を得たり、其頃木食空誉弾阿、此辺山中に(字一ノ沢と云所なり)在て専ら浄業を修し、高徳の聞えあり、貞享四年当社の霊夢を蒙て当山に移り、禅法寺(別当なり)に住し、 https://t.co/IDQWNvpSHR

— k.hisadome (@HisadomeK) 2018年2月24日

且神託に依て山を大応嶽と名づけ、自ら勢至の像を彫刻して本地仏となす」と記されています。
幟に「大応嶽 浅間大菩薩」「恋の神 木花咲耶姫命」「本地仏 得大勢至菩薩」と記されているのは神仏習合の名残。
なお、浅間社は七沢村鎮守の山王社と八幡社を合祀して現在の七沢神社になりました。

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