品川駅の近くの高山稲荷神社の境内に「おしゃもじ様」と呼ばれる石燈籠があります。切支丹燈籠とする説も有りますが、江戸時代には「釈神社」とか「石神社」と呼ばれていたようです。

— k.hisadome (@HisadomeK) 2018年6月28日

『江戸名所図会』(巻之一・天枢之部)に高山稲荷神社に合祀される前の石神社の様子が描かれています。
「報賽には社地に何に限らず樹木を栽ゆるを習俗とせり。相伝ふ、石剣を祭るといふ」とあり、諏訪地方のミシャグジ神と同じく"石や樹木を依代とする神"だった事がうかがえます。 pic.twitter.com/INKIMQPqcq

— k.hisadome (@HisadomeK) 2018年6月30日

また、「縁遠き婦人、当社に詣で良縁を祈れば必ず験ありといふ」と書かれていますので、当時は"縁結びのパワースポット"的な存在だったのでしょう。

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『御府内備考続編』には釈地大明神社として掲載されています。ご祭神は天鈿女神。
縁起によると、貞観年中に慈覚大師(円仁)が当国に来た時、海辺に娑伽羅龍王が出現して『法華経』提婆達多品の龍女の宝珠を円仁に授け、その宝珠が現じた十一面観音を本地仏として釈地明神を祀りました。 pic.twitter.com/U1jDZxiK4I

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島津家の息女が不器量でどこの大名・旗本も嫁に貰ってくれず、息女はそれを恥じて絶食して死んでしまいました。その際、「私の没後に一社を建て祭ってください。縁遠き婦人が私に祈れば、必ず幸縁が有るでしょう」と言ったそうです。 pic.twitter.com/wAmGxpUTXk

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貞観年中に円仁が勧請したと伝わる石神社と島津家の息女との関係がよく判りませんが、高輪の薩摩下屋敷内に祀られていた息女の霊が石神社に合祀され、石神社自体が「縁遠き婦人、当社に詣で良縁を祈れば必ず験あり」として信仰されるようになったと理解すれば良いのかな?

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横浜だと師岡熊野神社の他、戸部杉山神社の境内社として社宮祠社(現在の祭神は猿田彦大神)が祀られています。通称は「おしゃもじ様」で、やはり百日咳を治す御利益が有ると伝えられています。

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式内社で武蔵国六宮とされる杉山神社は横浜・川崎などに多数の論社があり、戸部杉山神社もその一つ。杉山神社の祭神は五十猛命又は日本武尊で本地仏は不動明王が多いのですが、戸部杉山神社の祭神は大己貴命で本地仏は薬師如来です。祭神が大己貴命なので、境内に神使のネズミの石像が有ります。 https://t.co/pHwL8vts6Q

— k.hisadome (@HisadomeK) 2018年6月30日