『中世島津氏研究の最前線』の帯に「ルーツは本当に源頼朝なのか?」とあるように、島津氏初代惟宗忠久を源頼朝の御落胤とする伝説があります。この伝説に基づいて源頼朝・丹後局(忠久の母)・永金(別当寺平等王院を開山した僧)を祀るのが花尾神社(鹿児島市花尾町)です。https://t.co/bJDqzAz7qL

— k.hisadome (@HisadomeK) 2018年8月4日

花尾嶽の頂には古くから熊野権現が勧請されており、麓の花尾権現の社殿の西一町ほどの所に本地仏(阿弥陀・観音・薬師)が影向したと伝えられています。花尾権現も、源頼朝の本地を阿弥陀、丹後局の本地を十一面観音、永金の本地を薬師としています。https://t.co/3i62lxul0Q

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花尾権現の別当寺平等王院の本尊は愛染明王(谷渡愛染明王)でした。伝承によると空海の作で、嵯峨天皇→眞雅僧正→在原業平→……→源頼朝→惟宗忠久と伝わったということです。この谷渡愛染明王像は後に鹿児島城内の護摩所に安置され、島津家の重宝の一つとして歴代藩主に受け継がれたそうです。

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