この珍名の中で相撲史上重要な力士は、九(いちじく)九之助。一軸から國岩と改めて技能派力士として人気を博し、東京相撲に移籍して両國梶之助と改名。引退後は年寄・入間川(十二代目)から出羽海(六代目)を襲名。一時は幕内力士の半数を擁する出羽海部屋黄金時代を築き上げました。 https://t.co/MDCcewp72G

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妨四郎盛足は元は小九紋竜梅吉という四股名でしたが、素行が悪くて時津風親方(十代目)の怒りを買い、「妨」と改名させられたと伝えられています。改名後も素行は改まらず、脱走して満州に渡って馬賊となりましたが、親方の死去後に帰国して時津風(十一代目)を襲名しました。 https://t.co/MDCcewp72G

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珍名番付の行司として名前が挙がっているのが、横綱・前田山英五郎。昔はこの理由が判らなかったのですが、浪曲・講談を聴いて上州の侠客・大前田英五郎の名を知って納得しました。
(骨髄炎を治療した慶應義塾大学医学部の前田和三郎教授の名前にも因んでいますが) https://t.co/MDCcewp72G

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珍名番付の最下段に名前が有る剣竜猛虎は、昭和54年から平成4年まで幕内で活躍した巨砲丈士(大鵬部屋、最高位・関脇)の実父です。 https://t.co/MDCcewp72G

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いろは幸吉は、上方の大侠客・会津小鉄の下で京都相撲の頭取になった人かな?と思うのですが、京都相撲は資料が乏しくてよく判りません。 https://t.co/MDCcewp72G

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検索してみたら、「会津小鉄会の創始者である大親分・上坂仙吉の若頭が、いろは幸吉こと長谷川幸吉」という記述のあるブログが見つかりました。https://t.co/X3Yc9qmg0J

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片福面(かたおかめ)大五郎は横綱・常陸山のチャンコ番として有名ですね。
『いわき民報』昭和43年3月23日夕刊のコラム「郷土力士物語り」で「初切名人"片福面"」として紹介されているのを見つけました。https://t.co/4Xu7Dx6PNK https://t.co/MDCcewp72G

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この「郷土力士物語り」では電気灯光之介もちょっと紹介されていました。「珍名中の珍名力士。おまけに頭がハゲてツルツルのテカテカ」。
片福面・電気灯の珍名コンビによる初っ切りは巡業で大人気だったそうです。

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