『神道集』と「中臣祓」に関する一考察です。
『神道集』の「諏訪縁起事」の主人公・甲賀三郎は、地底世界を遍歴した後に地上に戻り、妻の春日姫と再会。二人は天早船に乗って震旦国の南の平城国へ渡り、早那起梨の天子から「神道の法」を授かり、日本に戻って諏訪大明神(上宮・下宮)となります。

— k.hisadome (@HisadomeK) May 23, 2020

早那起梨の天子が甲賀三郎に授けた「神道の法」の例。
「高天原に神留り坐して末孫の神漏岐神漏尊を以て」→虚空を飛ぶ能力を得る。
「国内に荒振神達を神払に神払ふ」→魔事外道を他へ打ち払う通力を得る
「科戸の風の天の八重雲を吹き払ふ事の如く」→居ながらにして三千世界を見る力を得る。

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最初の文言は「高天原に神留り坐す皇親神漏岐神漏美の命以て」が転訛したものですね。
他の文言も同様で、平城国の早那起梨の天子が甲賀三郎に授けた「神道の法」とは「中臣祓」である事が分かります。
しかし、甲賀三郎は何故「中臣祓」をわざわざ異国(平城国)で伝授されたのでしょうか?

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実は中世には「中臣祓」外来説が有りました。大元の「中臣祓」は天竺で作られ、鳩摩羅什が唐に伝え、吉備真備(『阿娑縛抄』の説)あるいは慈覚大師円仁(『大中臣祓同註』の説)が日本に伝えたという説です。
詳しくは、伊藤聡『神道の形成と中世神話』(吉川弘文館)の第三章をご覧下さい。 pic.twitter.com/MgLzRpQRMh

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「中臣祓」外来説を踏まえると、甲賀三郎が平城国へ渡って早那起梨の天子から「神道の法(中臣祓)」を授かったという話もそこから派生したものと考えられます。早那起梨の天子の素性は一切不明ですが、『神道集』の作者にとっては、大元の「中臣祓」の作者かその継承者という想定なのでしょう。

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『神道集』の別の物語「上野国児持山之事」の主人公・児持御前は、彼女に横恋慕した国司により夫(加若次郎和理)を下野国の室の八島に捕らわれ、その救出のために伊勢の安濃津から東国に下ります。旅の途中から二人の武士が彼女を守護しますが、その二人の正体は熱田大明神と諏訪大明神でした。

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救出された加若次郎和理は児持御前と再会。二人は諏訪大明神から「神道の法」を授かり、加若次郎和理は和理大明神(群馬県吾妻郡中之条町の和利宮・吾妻神社)、児持御前は児持山大明神(群馬県渋川市中郷の子持神社)になりました。ここで「神道の法」として授けられたのは「大仲臣経最要」です。

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中世には陰陽道・密教の影響で「中臣祓詞」を読誦用に編纂した「最要中臣祓」が作られました。「大仲臣経最要」もその一種だろうと思われますが、『神道集』の作者にとっては、諏訪大明神(甲賀三郎)が平城国の早那起梨の天子から伝授された、特別な「最要中臣祓」という想定なのでしょう。

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以上をまとめると、
『神道集』の世界では、大元の「中臣祓」は異国(平城国か?)で作られ、
早那起梨の天子→甲賀三郎(諏訪大明神)→加若次郎和理(和理大明神)・児持御前(児持山大明神)→吾妻七社の神々
と伝授されて来た、という事になります。

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