『神道集』の「諏訪大明神五月会事」絡みで在原業平の伝承を調べていたら、『続教訓抄』という書物で「在原業平は両頭愛染の化身である」という説を見つけました。https://t.co/Juys7MCpbk

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諏訪大社の「五月会」関連で、『諏訪大明神絵詞』の押立御狩神事の箇所に「臺弖良山にて鹿を出して面々是を射る」という記述が有ります。「臺弖良山」とは見慣れない山名ですが、八ヶ岳山麓にある大泉山・小泉山に相当するようです。

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「大泉山・小泉山は富士山と八ヶ岳が背比べをして、八ヶ岳が勝ったが、それを妬ましく思った富士山に蹴られ、山が八つに割れた。それを治そうとデエダラボッチが茅で出来たもっこで土を運び、線香を杖にしたら折れてしまい、暫く置いておいたら大泉山と小泉山が出来た。」

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デエダラボッチが大泉山・小泉山を作ったという伝承に基づいて「臺弖良山」と呼ばれたとすると、『諏訪大明神絵詞』は延文元年(1356)の成立ですから、このデエダラボッチ伝説は南北朝時代以前まで遡れるという事になるのかな?

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『神道集』には諏訪大社の神事の由来を説く話が二編収録されています。「信濃鎮守諏訪大明神秋山祭事」と「諏訪大明神五月会事」です。
前者は桓武天皇の御宇に稲瀬五郎田村丸が奥州の朝敵“悪事の高丸”を征伐する話で、これは坂上田村麻呂の蝦夷征伐を説話化したものでしょう。

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坂上田村麻呂の蝦夷征伐については、『諏訪大明神絵詞』にも「桓武天皇御宇、東夷安倍高丸暴悪の時……」として類話が記されています。https://t.co/j8Oe0ftnX2

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一方、「諏訪大明神五月会事」は光孝天皇の御宇に満清将軍が信濃戸隠山の鬼王・官那羅を征伐する話ですが、こちらは類話が見当たりません。
「満清」という将軍の名も、「官那羅」という鬼神の名も、私が知る限りは他には見当たりません。

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戸隠山の鬼といえば、『太平記』の「直冬上洛事 附鬼丸鬼切事」に、名刀鬼切に関して「其後此太刀、多田満仲が手に渡て、信濃国戸蔵山にて又鬼を切たる事あり。之に依つて其名を鬼切と云なり」という記述が有ります。https://t.co/gG22zRUQF8

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多田満仲が戸隠山の鬼を退治したという伝承が『神道集』成立以前から有ったとすれば、「満清」の名は「満仲」から来ているのかもしれないというのが私の素人考えです。
まあ、多田満仲だとしても光孝天皇とは時代が合わないのですが。

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