『賀茂信仰の歴史と文化』を県立図書館で借りて来ました。 https://t.co/1A937xEbF5 pic.twitter.com/Fhm1PRGjf7
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上賀茂神社(賀茂別雷神社)の祭神は古代から現在まで賀茂別雷神。
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近世に瓊瓊杵尊を祭神とする説も有ったようですが、主流になる事は有りませんでした。
一方、下鴨神社(賀茂御祖神社)の祭神は複雑です。
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中世には東殿の祭神は玉依媛命(賀茂別雷神の母神)で現在と同じですが、西殿の祭神は大山咋神(賀茂別雷神の父神)あるいはその父神の大己貴神などの説が有りました。
近世の下鴨神社は「鴨御祖皇大神宮」を称するようになりました。どういう経緯かよく判りませんが、西殿の祭神を神武天皇、東殿の祭神を媛踏鞴五十鈴媛命とするのが社家の公式見解でした。
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これについては本居宣長や伴信友など国学者から批判も有ったようです。
明治以降の下鴨神社は東殿の祭神を玉依媛命、西殿の祭神を賀茂建角身命(玉依媛命の父神)として現在に至ります。しかし、これもスンナリと決まったわけではなく、東殿に五十鈴媛命、西殿に神武天皇を相殿で祀り、合計4祭神にしようという折衷案も有ったそうです。
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江戸時代の下鴨神社の西殿に神宝として奉納されている神衣の御冠は立櫻御冠だったそうです。立櫻御冠は天皇のみの御料であり、社家では西殿の祭神を天皇として祭祀していたので、新政府の教部省の見解でも簡単には譲れなかったのでしょうね。
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