プロジェクト・エデン特別篇

 「帝国最大の作戦」

 

            第八章

 

  帝国首都を恐怖のどん底にたたきこんだタコの脅威。

  鋼鉄をも貫く荷電粒子ブラスターに耐え、「天駆ける騎士」と呼ばれた帝国航空

騎兵をも一蹴する恐るべき怪物・・・。その名も、「怪獣タコラ」!!

  戦慄の事態に帝国軍は為す術もなく、彼らを束ねる最高司令官のフェンリル将

軍も言葉を失うばかりであった。

  一体、タコとは何なのか? それは大自然の人類に対する警告なのかっ?

  30世紀最大のミステリーが今、紐解かれようとしているっっ!(田中信夫調に)

 

  「シンドゥリ博士…」

  帝国軍の緊急対策本部に入ってきた白衣の人影を見て、フェンリルがつぶやく。

  「将軍、急な呼び出しとは何事でしょうか?」

  シンドゥリが言う。銀縁眼鏡にはめこまれたレンズがキラリと妖しい光を放つ。

  「この緊急事態に何を呑気なことを言っているんだ!」

  他人事のような口調に、フェンリルはムッとする。

  シンドゥリの方は、相変わらずの飄々とした態度で肩をすくめたに過ぎない。

  「そうは申しましても、私どもは一介の科学者に過ぎませんよ」

 「あの怪物を作ったのは、お前たちだろう!」

 「怪物を作った訳ではありません。私が作ったのは『タコ』です」

 「あれのどこがタコだ! 空を飛んで、おまけに火まで吐いとるじゃないか!」

 「困ったもんですねぇ…」

 怒りに震えるフェンリルとは裏腹に、シンドゥリはあっけらかんとしている。

 「さっき、お前は自分で言ったではないか。あんな怪物にしたのは自分だと」

 「将軍、それは違います」

 「何が違うと言うのだ?」

 「タコを作ったのが、私だという意味です。タコが空を飛ぶのも、あれだけの大きさ

であるのも、タコを忠実に再現した結果に他ならなりません」

 「そんなバカな話があるか! 大体、最初に渡されたタコは、あんなに小さかった

じゃないか」

 怒鳴るフェンリルの脳裏に可愛らしいピンクのタコの姿が浮かんでいた。

 つぶらな瞳、プヨプヨとしたピンク色の肌、丸みを帯びたキュートなフォルム・・・。

 もしかするとフェンリル自身、あのタコに惚れてしまっていたのかもしれない。

 世の中にいろんなフェチはいるが、「タコフェチ」というのはさすがに聞いたことが

ない。さしずめ、たこ焼きにエクスタシーを感じてしまうロキは「たこ焼きフェチ」とで

も言うのだろうか…。たこ焼きの丸みや青海苔の香りに恍惚となるロキもアブナイ人

であることは間違いないが、フェンリルのタコに対する愛情も相当キレている。

 この上司にして、あの部下あり。といったところだろうか・・・。

 「そのことについては、私にも反論がありますぞ」

 シンドゥリがこの時ぞとばかりに胸をはる。

 「将軍は、タコをあくまでも生物研究用に使われると言われた。海洋研究所や帝

国水族館などで保管すると…。しかし、実際はタコに何らかの熱を加えるようなこと

をしたはずです」

 「ム・・・!」

 フェンリルが答えにつまる。確かに建前上は「生物研究用」としてタコの再生を命じ

ていた。さすがに「皇帝が食うため」とは言えない。

 「そ、それはともかく…」

 冷や汗をかきながら、必死に話題を切り換えようとするフェンリル。

 「熱を加えただけで、何故タコが巨大怪獣にならねばならんのだ?」

 「そ、それは…」

 今度はシンドゥリがつまる番であった。

 いい気になって巨大化させてしまったことを誤魔化すために、細胞縮小光線を使用

したなどとは口が裂けても言えない。面白がって、バイオテクノロジーで遊びまくったこ

とを言えるはずもなかった。

 「どうした、シンドゥリ博士?」

 「じ、実は…、将軍からお預かりしたサンプル細胞は、『桃色南極ダコ』のものだった

のです!」

 「も…、桃色南極ダコ??」

 「そ、そうなんです。かの20世紀でも非常に珍しいと言われる種類のタコです。生息地

はその名の通り、南極。極めて水温の低い状況にしか住まないと言われています」

 「そ、そんなタコがいたとは・・・!」

 驚きのあまり、フェンリルの言葉も途切れがちだ。

 ドヨドヨと緊急対策本部に詰めているスタッフの間にも動揺が走る。

 謎の巨大怪獣の秘められた真実の一端が明らかにされたと思い込んでいるのである。

 もちろん、「桃色南極ダコ」など、嘘っぱちに決まっている。

 シンドゥリが苦し紛れに言ったデマカセである。だが、基本的情報が欠落している30世

紀においては、誰もが信じてしまったのだった。

 「し、しかし、その桃色南極ダコが何故、巨大化してしまったのだ?」

 「桃色南極ダコは、非常に熱さを嫌います。通常の水の温度ぐらいでは普通の大きさ

ですが、お湯などに入れられた場合に巨大化するという性質を持っているのです」

 「そんな非常識な・・・!」

 思わずフェンリルの横にいた主席副官のヘルモーズが絶句する。

 無理もない。お湯に入れたら巨大化するインスタントラーメンのような生物の存在を聞

かされても、簡単に信じられるものではない。

 「これは事実です!」

 シンドゥリは完全に開き直っている。もはや、誰にも止められない。

 すでに自分のウソに酔っている雰囲気すらあった。

 「将軍が約束を守ってくれていたなら、こんな事にはならなかったのです」

 さらに、ここぞとばかりにシンドゥリはフェンリルへ責任の押しつけを図る。

 「ううむ・・・」

 返す言葉もなく、ただフェンリルは呻くしかなかった。

 「そ、そうだ!」

 敬愛する将軍が追い込まれた様子を見たヘルモーズが助け船を出す。

 「仮に桃色南極ダコであったとしても、火を吐くことの説明にはなっていない!」

 「う・・・」

 シンドゥリの顔が青ざめる。

 (しまった…。そこまで考えていなかった…)

 してやったり、という顔でにらみつけてくるヘルモーズに、焦るシンドゥリ。

 フェンリルがホッと安堵の息を漏らしたのは、言うまでもない。

 「どうなんです、シンドゥリ博士?」

 「そ、それは…」

 必死に考えるものの、いいアイデアが浮かんでこない。

 予想外の攻撃にシンドゥリの頭の中は真っ白になってしまったのである。

 「さあ、納得いく説明を。何故、あんな怪物が生まれたのかをっっ!」

 ヘルモーズの鋭い追求が、シンドゥリの鼓膜を震わせる。

 緊迫感に満ちた沈黙が、緊急対策本部の空間に覆い被さっていった…。

 その時であった!

 「それは、幾億分の一とも思える『愛の奇跡』だったのです!」

 透き通った叫びが沈黙を破った。

 「ペ、ペイオス助教授…?」

 ヘルモーズが目を白黒させる。対策本部内が、再びどよめいた。

 いきなり「愛の奇跡」と叫ばれたりした日にゃ、当然とも言える反応であった。

 気でも狂ったのかと思う方が自然である。

 しかし、それを言い放った美しき女科学者の態度は堂々としていた。

 「あ、愛の奇跡とは…。どういうことなのだ、ペイオス助教授…?」

 「あのタコの細胞遺伝子には、桃色南極ダコ以外のものも混ざっていたのです」

 「な、何の遺伝子が…?」

 「幻の生物と呼ばれた『火吹きタコマダラ』です!」

 「ひ…、火吹きタコマダラ??」

 「そうです。口から火を吐くと言われる非常に珍しいタコです」

 余りにも堂々と言うために、誰一人として反論できない。

 あたかも、それが真実であるかのように…。

 でも、それは明らかにデタラメであった。

 自らの行為を正当化するためにペイオスがでっち上げた詭弁に他ならない。

 「火吹きタコマダラは、北極の海底火山にしか生息しないと言われる希少種で

す。体内に発生したメタンガスを燃料にして、数千度の火炎放射が可能だと伝え

られています。皮膚のマダラ模様が特徴で、あのタコラと同じです」

 ペイオスの言葉に、みんなが一斉にモニターに映し出されているタコを見る。

 確かに体表を不気味なマダラ模様が覆っていた。

 火炎を吐くタコの存在という荒唐無稽な情報を、モニターの中の実在する怪物

の姿が説得力あるものへと変えていった。

 「し、しかし、何で北極にしか存在しないタコの遺伝子が、南極のタコに混ざると

言うのだ?」

 フェンリルがたまらずに聞く。

 「恐らく、遠距離恋愛だったのではないでしょうか?」

 「え、遠距離恋愛…」

 思わず対策本部のスタッフ全員がシュビビーンと飛び回りかねない発言だった。

 完全に悪のりしてしまっているペイオスだが、もはや自分の言葉に心酔してしまい、

何が嘘で、何が真実なのかを判別できないようでもあった。

 彼女は自分自身で紡ぐ言葉を逆に信じてしまっていたのかもしれない。

 「北極に住む火吹きタコマダラと、南極に住む桃色南極ダコが種族を超えた恋に

落ちてしまったと思われます。そして、その愛の強さをもって海を渡り、ついに結ばれ

たに違いありません」

 淡々としたペイオスの説明に、誰も言葉がない。

 遠距離恋愛にしても、距離が遠過ぎないか…。みんながそう思わずにはいられなか

ったが、そんな疑問を挟む余地すらない迫力がペイオスにはあった。

 「その結果、生まれたのがタコラだと言うのか…」

 フェンリルが呻くようにして言う。

 驚くべき出生の秘密を、フェンリルは完全に信じ込んでしまったようであった。

 ペイオスはコクリとうなずいた。

 「空を飛ぶというのも…?」

 そう聞いたのは、ヘルモーズだった。

 「それに関しては、タコは空を飛ぶ生物である、とメインコンピューターの記録に残さ

れていたものを再現しただけです」

 スパッと竹を割ったように、ペイオスが答える。それは嘘ではない。

 帝国の中央管制コンピューターのデータバンクにアクセスし、「タコ」というキーワード

で検索した結果に得られた情報である。「タコは風に乗って、空を舞う」という確かな情

報であった。「タコ、タコ、あがれ」という童謡まで唄われていたと言う…。

 「そ、それにしても…」

 フェンリルが頭をひねった。

 「南極と北極のタコが、どのようにして知り合ったのだろう?」

 話がどんどん本題からズレていっているようだ。

 「さぁ…、それはよく分かりませんが、文通とは思えませんし、噂話でも聞きつけた

のでは?」

 ペイオスが答える。目がマジであった。

 「海の中に、そんな井戸端会議みたいなものがあるのか?」

 「20世紀に海を回遊していたクジラやイルカは、群れ同士で会話すると言われて

いました。超音波に似たもので話すと聞いています」

 「そこでタコの噂を?」

 「海は神秘の世界です。例えば隣の群れのオスと浮気したメスの話題で盛り上が

るクジラたちがいても不思議ではありません」

 「なるほど…!」

 納得すなっ!!と、思わず言いたくなるフェンリルの反応だった。

 「そうしたクジラの群れから、北極や南極の情報が流れ、お互いに興味を抱いた

可能性があります」

 「やがて興味が恋心に変化していったと…?」

 「その通りです、将軍!」

 ペイオスが「我が意を得たり」とばかりに、断言する。

 「それで、大洋を超えたというのか…。なんと、感動的な話なのだ…」

 フェンリルの目には、うっすらと涙がにじんでいる。

 「全くです。あらためて、愛の力を思い知らされます…」

 ペイオスがしんみりとつぶやいた。

 形容しがたい感動が、二人を包んでいく。

 しかし、それが目下の問題と全く関係ないことを、対策本部の誰もが言いだせず

にいたのだった。遠くの世界に行ってしまっている二人に水を差すだけの勇気が

なかったのである。

 (おーい、誰か止めてやれー)

 そんな言葉を胸の奥に飲み込みつつ、ヘルモーズを始めとするフェンリル麾下

の幕僚達は二人の様子を見守るしかなかった。

 

 緊急対策本部の呑気な状況とは違い、最前線では緊迫した時間が続いていた。

 空中をフヨフヨと漂っていたタコラが、急に地上へと降下したのだった。

 「どうしたんだろう?」

 第8強行偵察隊を預かるギャラハー大尉は、電子双眼鏡を覗きながら言った。

 内部にビジュアル投影されているタコラは、降りてからジッとしたままだった。

 「何かの前触れでしょうか?」

 副官のハイム少尉が尋ねた。かなりビビっているのが分かる。

 「わからん」

 「どうしましょう?」

 「とにかく距離を取って、見守るしかないな…」

 ギャラハーは指揮下にある隊員たちに待機を命じた。

 無言のままで従う隊員たちは、いずれもキルケウイルスの感染者である。

 その一糸乱れぬ統制ぶりは称賛すべきだが、このような緊張した状況下では、

その無言の様子が苛立ちを起こさせる。少しはバラバラでもいいから、喋ってくれ

た方がマシというものである。

 「やってられんな…」

 そうつぶやいて、ギャラハーは唾を吐き捨てた。

 キュウウウウウウウンンン・・・・!

 頭上を航空騎兵の戦闘ヘリコプターが通過していく。

 幾つもの騎兵隊が壊滅させられているため、タコラからはかなりの距離を置いて

の偵察飛行を行っていた。

 「ハイム、お前はどう思う?」

 そばにいるハイム少尉にギャラハーが聞く。

 「どう…とは?」

 「タコラが今、何をしようとしているか…さ」

 「…そうですね。笑われるかもしれませんが…」

 「言ってみろよ」

 「単に飛び疲れて、寝てるんじゃないですか?」

 言ってから、ハイムは顔を赤らめた。

 「・・・・・・・・」

 ギャラハーは一瞬呆気にとられたが、すぐに苦笑する。

 「案外、お前の言う通りかもな。よし、本部に連絡だ」

 「何をですか?」

 「寝ている今がチャンスだ。総攻撃の許可を求めるんだ!」

 そう言って、ギャラハーはニヤリとした。

 

 「最前線から、総攻撃の許可を求めてきています!」

 オペレーターの声が対策本部に響きわたった。

 その叫びが、感動の世界に旅立っていたフェンリルを現実の世界へと引き戻

した。

 「どういうことだ?」

 フェンリルが普段の様子に戻って、聞き返す。

 その様子に、対策本部の多くのスタッフが胸をなで下ろした。

 このまま感動し続けていたら、どうしよう…、と誰もが思っていたからだ。

 「第8強行偵察隊からの報告によれば、タコラは現在眠っているとのこと」

 「眠っているだと…。なんと呑気な…」

 ちょっとムカっとしたフェンリル将軍であった。

 「将軍、確かにチャンスです。総攻撃をかけましょう!」

 ヘルモーズが進言する。

 「そ、そうだな…。しかし…」

 一瞬、躊躇した表情を見せるフェンリル。

 どうやら、先程までの感動が尾を引いているようであった。

 「将軍。これは恋愛小説とは違うのです!」

 たまらずヘルモーズが怒鳴る。むしろ、スペクタクル小説か、パニック小説なの

だと言いたかった。ただ、このままでは完全にお笑い小説の方向へ突っ走ってし

まう。それだけは、何としても避けたかった…。

 「そ、そうだな…」

 フェンリルが気遅れたように答える。

 さらにヘルモーズは、一気にたたみかけた。

 「将軍。あのタコラが仮に『奇跡的な愛の結晶』だとしましょう。ならば、最後は美しく

愛に殉じさせてやろうではありませんか!」

 「愛に殉じるか…」

 フェンリルはまたも感動してしまったらしい。

 「そうです、将軍。それもまた、一つの愛の形です!」

 歯の浮くようなセリフとは思いながらも、ヘルモーズはフェンリルに言葉を浴びせていく。

 「よし。その通りだ!」

 一瞬の間の後、吹っ切ったようにフェンリルが立ち上がった。

 白銀のマントがバサリと翻った。

 「タコラを愛に殉じさせてやろうではないか!」

 フェンリルの双眸がキラリと輝きを放つ。

 厳然たる表情は、ミレニアム帝国軍最高司令官たるフェンリル将軍の威厳を取り戻した

ものであった。

 厳粛にして、厳格。慎重にして、大胆。勇猛果敢にして、沈着冷静。

 それこそが、我等がフェンリル将軍である。

 かなりの遠回りではあったが、本来のキャラクターを取り戻したフェンリル将軍が、オペ

レーターの並ぶ指令センターの中央に立った。

 「タコラの周辺にいる全ての航空騎兵、ならびに機動警備隊に通達!」

 その言葉に、オペレーターたちが全通信回路を開放する。

 「これより、総攻撃に入る!」

 オオオオオ!と指令センターに声が波となる。

 「見事、タコラを愛に殉じさせてやるのだ!」

 フェンリル将軍の威厳あふれる声が、全通信回路を駆けめぐる。

 

 ついにミレニアム帝国軍とタコラの本格的な死闘が幕を開けたのだった…!

 

                                つづく