湖畔亭奇談

 

 

       第五章

 

 「私、ウソなんかついてないっ!」

 甲高く、ヒステリックな叫びだった。

 どこか調律が狂ってしまっているような雰

囲気がある。それは加奈子自身の心の調律な

のかもしれない…。

 リビングルームのソファに、加奈子を囲む

ようにして恵理と由紀が座っている。真ん中

にいる加奈子は叫んだ後に顔を伏せ、小さく

嗚咽を繰り返すばかりだった。

 ソファの上にいわゆる体育座りの形で膝を

抱えている加奈子はまるで子供…幼児みたい

だった。あるいは巣の中で羽をたたみ、外敵

から身を守ろうと縮こまっている雛鳥のよう

な印象を受けてならない。

 「加奈子…」

 由紀がそっと加奈子の髪に触れる。撫でる

わけでもなく、ただ手を添えるだけ…。それ

が由紀に出来る精一杯のことだった。

 「どうなっちゃってんの?」

 困惑したように、恵理が尋ねてくる。さす

がにいつものおどけた感じはない。

 「私にも分からないわよ…」

 由紀は身を縮めるようにしている加奈子を

見つめながら、そうつぶやいた。

 困惑しているのは由紀も同じであり、問い

に対する明確な答えなど持ち合わせてはいな

い。かと言って、このままの状態が続くのに

は耐えられなかった…。

 (一体、何があったの…?)

 由紀は心の中でつぶやいた。

 

 恵理と由紀が買い物から帰ってくると、玄

関口に加奈子がうずくまっていた。

 何かに怯える子供のように、羽を傷めた小

鳥のように身を縮め、震えていた。

 「どうしたの?」

 と聞いても、何も答えない。ただ目に涙を

ためて、イヤイヤと首を振るばかりだった。

 その様子に由紀たちが真先に考えたのは、

変質者か何かが別荘に侵入し、加奈子に乱暴

を働いたのではないかという思いだった。震

える加奈子をかばいつつ、手に棒を携えた由

紀と恵理は別荘の中を確認したのだが、そこ

には何の異常も見受けられなかった。

 後は地震などだが、それぐらいでこれほど

の怯え方をするとは考えられなかった。

 こうなると、加奈子の異常な様子を説明す

ることができない。取り乱す加奈子を必死に

慰めながら事情を聞き出そうとしても、加奈

子はただただ怯えるばかりであった。

 「何があったのか?」

 再度問い詰めるようにして、ようやく聞き

出した答えはたった一言だった。

 

 「雨が降っていた…」

 

 その言葉にキョトンとしてしまったのは、

恵理と由紀の方であった。

 いくら局地的な雨が降ったとしても、この

場所とコンビニがそんなに離れている訳では

ない。しかし、恵理と由紀の記憶に雨が降っ

たというものはなかった。むしろ照りつける

ような日差ししか見ていない。

 ましてや、別荘の周りを見渡しても、どこ

にも雨が降った形跡はなかった。地面に湿っ

た感じもなく、草木に水滴もついていなかっ

た。乾いた地面のどこにも、雨を思わせる痕

跡は皆無だったのである。

 「どこに?」

 と当然の疑問をぶつけ、周囲の状況を指摘

しても、加奈子は「雨が降った」と言いつづ

けるのであった。

 そして、先程の言葉となったのである…。

 

 「私、もう帰りたい…」

 不意に加奈子が言った。

 「え…?」

 恵理がびっくりして、聞き返す。

 加奈子の中で何かが弾けようとしていた。

 彼女を取り巻く空気がその限界点に向かっ

て、張り詰めていく。

 「帰る…」

 もう一度同じ言葉を繰り返した。誰に言う

でもない。自分自身に言い聞かせるものでも

ない。どことなく、心を失ったような無機質

な感じのする言葉だった。

 「ちょっと、加奈子…」

 心配した恵理が加奈子の身体に触れようと

手を伸ばした瞬間、

 「私、帰るっっ!」

 そう叫んで、加奈子は立ち上がった。

 「ま、待ちなさいよ!」

 そのままドアへ向かおうとするのを、恵理

があわてて引き止める。

 「いやあっっ!」

 加奈子が思いっきり、その手を振り払う。

 加減という言葉を知らないような力の込め

方であり、恵理は弾き飛ばされた。

 「キャアッ!」

 振り払われた拍子に、床の上へと転がるよ

うに倒れる恵理。フローリングにガツンとい

う音と鈍い衝撃が広がった。

 その様子にハッとしたように加奈子が立ち

すくんだ。凍りついたように動きが止まる。

 「わ、私…」

 ようやくそれだけを口にした。目から狂気

が薄らいでいる。自分のした事へのショック

が、偶然にも彼女を冷静にさせたらしい。

 「大丈夫?」

 由紀が恵理を抱き起こす。恵理は笑みを作

りながら、ウンとうなずいた。

 「……」

 その様子を見つめながら、加奈子は青ざめ

た表情で立ち尽くしている。

 「平気よ。気にしないで…」

 加奈子の様子に気づいた恵理が、何とか微

笑みを浮かべた。こうした気丈な一面は恵理

の面目躍如たる部分である。

 「ご、ごめんなさい…」

 加奈子は涙ぐむ。自分自身に対する嫌悪感

が胸に沸き上がってくるのを止めることはで

きなかった。

 (私、どうしちゃったの…)

 胸のうちに問い掛ける言葉が、薔薇の棘の

ように突き刺さった。しかも、それは抜けな

い棘であり、心に開いた小さな傷口を徐々に

膿ませる棘であった…。

 「う…、うっうっう…」

 加奈子の口から小さく嗚咽が漏れる。

 とても哀しい響きであった。

 由紀も恵理もそれを止めようとは思わなか

った。少しでも泣いた方が楽な時もある。そ

れで自分自身の心が癒されるのなら、流した

涙の一粒にはそれなりの価値がある。

 「帰りましょ…」

 やや嗚咽が小さくなり、加奈子が落ちつき

を取り戻しかけた時分を見計らって、由紀が

そう言った。

 「帰るの?」

 聞き返した恵理に由紀がうなずく。

 「元々遊びに来たんだし、ここにいなきゃ

いけない理由はないもの」

 「でも…、まだここに来て二日ぐらいしか

遊んでないのよ」

 「私たち、ここに楽しみに来たのよ。加奈

子がいやがってるのに、わざわざ長居する必

要なんてないわよ」

 「そりゃ、そうだけど…」

 「このまま居ても楽しくないわよ。それよ

りまた次の機会を楽しみにした方がお利口さ

んってもんでしょ?」

 「うん…」

 恵理も渋々うなずく。

 どうやら、先に収めてしまった宿泊料金を

気にしていたようだ。その辺りの現実的な感

覚はいかにも今風の女の子だった。とは言っ

ても、こうも怯えている加奈子のことを考え

ると反対も出来なかった。

 「加奈子、それでいい?」

 由紀が優しく問い掛ける。加奈子はコクン

と小さくうなずき、

 「ごめんね…」

 とつぶやいた。本当に申し訳なさそうな顔

をしている。それを見た由紀はポンと加奈子

の頭を軽く叩いて、微笑むのだった。

 「…とは言っても、もうこの時間じゃ電車

も走ってないわよ」

 恵理が窓の外を見ながら言った。

 すでに太陽は西の稜線に消え、群青色の闇

が辺りを覆い尽くそうとしていた。日没間際

のトワイライトゾーンは終わり、完全な夜の

時間へと移行しつつある。

 湖の方には何も見えない。漆黒の底知れな

い闇が広がっている様子は、夜の海と同じで

ある。シルエットになるような対象もなく、

存在感もない。身はおろか、心までもが吸い

込まれていくような闇であった。

 そして静寂が辺りを包み込んでいた…。

 「どうすんの?」

 恵理が振り向いて、由紀に尋ねた。

 「まだ電車ぐらい、走ってるでしょ?」

 由紀はリビングに備付けの置き時計を見な

がら言った。時刻は午後7時を回ったところ

であった。この時間なら、いくら辺鄙な場所

とは言え、終電までには程遠い。

 「でも東京まで帰ってたら、真夜中だよ」

 「……」

 由紀が黙ってしまう。「帰る」と言ってみ

たはものの、さすがに今からでは現実的では

ないことぐらいは分かる。

 「それに、どうやって駅まで行くの?」

 「そっか。それもあったっけ…!」

 恵理の言葉に由紀がハッとする。

 この別荘に来る時は旅行代理店のエージェ

ントに送ってもらったのだった。小さな旅行

代理店だから、もう閉まっているだろう。

 と言うことはタクシーか…。でも拾える訳

はないし、わざわざ呼ぶことになる。

 「うーん…」

 由紀も頭を抱えてしまった。どう考えても

すぐに帰京するには無理があった。

 「ま、帰るのは明日の朝じゃない?」

 あっさりと恵理が言った。

 それが一番現実的な解答であることは分か

るのだが、由紀はすぐに同意せずに加奈子を

チラリと見る。彼女がどう思うかが心配だっ

たのだ。しかし、

 「それでいいと思う…」

 加奈子はそう言って、微笑んだのだった。

 楽しいはずの旅行だったのに、自分のわが

ままでその予定をキャンセルしようとしてい

る二人の友人たち。それに対し、今以上のこ

とを要求する気は加奈子にもなかった。

 「よし。そうと決まれば、今夜は最後の大

宴会よ。さ、準備、準備!」

 途端に恵理が立ち上がって、言った。普段

とは違うテキパキとした動きで、テーブルの

上の物を片づけはじめる。

 「さ、これ!」

 大きなコンビニのビニール袋がテーブルの

上にドスンと乗せられる。ガサガサと音を立

てながら、恵理が取り出したのは高原ワイン

のボトルだった。

 「やっぱ、夜はこれでしょ?」

 ボトルを掲げて、ニッと微笑む恵理。さら

にビニール袋に手を突っ込み、次々に中の物

をテーブルに積み重ねていった。

 チーズはカマンベールにクリーム、スモー

クチーズと各種を取りそろえ、サラミもしっ

かりと用意している。さらにクッキーやチョ

コレート、ポテトチップスにカール、サッポ

ロポテト、イチゴポッキーも忘れていない。

 ホンマにこんなに食うんか…?と、思わず

言いたくなるようなお菓子の洪水だった。

  「……」

 その様子に、思わず由紀と加奈子は顔を見

合わせてしまう。そして一瞬の間の後、どち

らからともなく吹き出してしまった。

 「な、何よ。二人とも?」

 大笑いしている二人に、恵理がムクれたよ

うに言う。それでも由紀と加奈子の笑いは止

まらなかった。

 「……プッ…アハハハハ…」

 恵理もつられるように笑い始めてしまう。

 3人はよじれる腹の痛みに耐えながら、リ

ビングを笑い転げていた…。

 久々に別荘に笑いが戻ってきたような気が

する。加奈子の一件で、重苦しい空気の漂っ

てい室内に爽やかな風が吹き込んできた感じ

がしていた。その明るい雰囲気の中で3人は

同じことを考えていた。

 (ずっと、このままならいいのに…)

 哀しくも切実な思いを乗せて、女子高生3

人の湖畔の休日は二日目の夜を迎えた…。

 

 ゴロンとワインボトルが床に転がった。も

ちろん、すでに中身は空になっている。

 時刻は午後9時半を過ぎていた。

 「…だから言ってやったのよぉ。あんた、

エッチのことしか考えてないの?って…」

 恵理が顔を真っ赤にして言う。彼女の場合

は当然恥じらいなどではなく、完全に酔っぱ

らっているのである。

 「そしたら彼、何て言ったのよ?」

 由紀がポッキーを食わえたまま、興味シン

シンといった様子で聞く。かなり顔が赤い様

子から、彼女も相当酔っているようだ。

 「それがさぁ!」

 恵理は2本目のワインボトルを手にし、ド

ボドボとグラスに注いだ。

 「あのバカ! マジに考えこんじゃって、

答えらんないの!」

 「……キャハハハハハ!」

 由紀が大ウケして、笑い転げる。

 「まったく、信じらんないでしょお!」

 「でもさ、ヒロシくんらしいよ」

 そう言いながら、由紀は笑いすぎの涙を指

でぬぐった。

 「じょ、冗談じゃないわよ。あんな本能丸

出しで生きてるなんて、サイテーよっ!」

 「でもさ、恵理はヒロシくんの正直なトコ

ロが気に入ってるんでしょ?」

 「そ、そりゃ…、正直で素直なトコロは…

少しは可愛いかもしんないけどさ…」

 「またまたノロケちゃって、もう」

 「か、からかうんじゃないわよっ!」

 そう言って、恵理は真っ赤だった顔をさら

に赤く染める。そして、なみなみとグラスに

注いだワインを一気に飲み干すのだった。

 この女、相当の酒乱なのかもしれない。

 ハッキリ言えば、すでに話は昨夜と同じ内

容をリフレインしている。酔っぱらっている

せいもあるのだが、本人たちはそれと気づか

ずに楽しんでいるようであった。

 可愛い女子高生3人組だからこそ許される

のであって、これが屋台で飲んでるオヤジ3

人組だったら「恐怖のエンドレストークに突

入した」と言われてしまうことだろう。

 「加奈子ぉ、飲んでるぅ?」

 妙に余韻を引くような声で、恵理が言う。

 当の加奈子は、ソファの端でワイングラス

を手に静かに座っていた。

 「ま、まあね…」

 と答えるものの、グラスの中身は最初に注

がれた時から、大して減っていない。

 「本当にぃ?」

 「ほ、本当よ」

 「だったら、何をそんな端っこの方で飲ん

でるのよぉ。こっち、いらっしゃいよぉ」

 「ここでも十分に楽しんでるわよ」

 「ウソばっかりぃ。そんな寂しそうにして

たら、放っておけないじゃないのぉ…」

 恵理がだらしない感じに手招く。酔ってい

るので、動きが緩慢だった。

 「アハ…」

 加奈子は困ったように愛想笑いを浮かべて

恵理の招きを謝絶する。恵理は仕方なくとい

った感じに、またワインを飲みはじめた。

 「加奈子…」

 由紀がソファを移動して、加奈子の横へと

やって来る。

 「…また、気になることでもあるの?」

 恵理に心配させないように、由紀は小声で

聞いてきた。

 「う、ううん。そんなことないよ」

 「でも、なんかウカない顔してるよ」

 「そ、そう?」

 「…明日の朝になれば、もうここを離れる

んだから安心しなよ」

 「平気よ…。心配かけて、ゴメン」

 「そう…、それならいいんだけど。ま、せ

っかくの夜なんだから、少しは楽しみなよ」

 そう言って、由紀は空になったツマミの皿

を手にキッチンの方へと消えていった。もう

少し補充してくるつもりなのだろう。

 その様子を見ながら、加奈子はフウと静か

にため息をついた。どうも波に乗れない自分

がもどかしかった。

 気になることがない、と由紀に言ったこと

はウソに決まっている。しかし、その理由が

余りにも情けなく、バカらしいことなので口

に出来なかったのだった。

 (昨夜と同じことが繰り返されている)

 それが加奈子にとって、気になることなの

だった。同じようにワインとチーズの宴会が

開かれ、同じようなネタで盛り上がっている

ことが気になっているのである。

 (そして昨夜が繰り返されるのでは…)

 根拠もないのに、そう思ってしまう。

 二階から聞こえた物音、クローゼットの奥

からの視線…。あれらが繰り返されるのでは

ないかと不安になってしまう。

 もちろん、それがバカげた妄想に過ぎない

ことは十分に承知している。しかし、それを

忘れてしまうことは不可能であった。

 (なんて、情けないのかしら…)

 そう思いながら、自己嫌悪に陥っていく加

奈子であった。

 ……昔からそうだった。

 自分で余計なことを想像し、根拠のない不

安を自分の中に膨らませて心配してしまう。

 そんなことの繰り返しであった。だから人

には心配性だと言われたり、暗いと言われた

りしてきたのである。

 (もう、イヤだ…)

 自分は「そうありたくない」と思っていて

も、その癖を消すことのできない自分…。そ

んな自分が何よりも嫌いだった。

 

 チャラララッッッ…!

 不意に「イッツ・ア・スモールワールド」

のメロディーが鳴り響き、加奈子は心臓が止

まるかと思うほどに驚いた。

 恵理の携帯電話である。恐らくは彼氏のヒ

ロシからのラブコールであろう。

 「はい〜、もひもひ〜」

 電話を取った恵理が間の抜けた声で出てい

る。酔っぱらいそのものである。

 きっと相手にも、一発で酔っていることが

分かったことだろう。あり得ないことだが、

相手が学校の先生だった日にゃ、大変なこと

になってしまう。

 「…うん。え〜、わたし、酔ってらんかい

らいよ〜」

 酔っていないと言っているヤツほど、危な

いのはいない。そう言っている人間こそが酔

っぱらいである確率は非常に高い。

 「ちょっと、話ひてくるねぇ〜」

 ヨロヨロと千鳥足で恵理が玄関へと歩いて

いく。その後ろ姿を見ながら、加奈子は昨夜

の光景にだぶらせていた。

 (恵理は外へ出ていった)

 それを心の中で確認する。これで二階から

物音が聞こえれば、それは恵理ではない。

 加奈子はそうすることの積み重ねで、現実

を見極めようとしていた。

 「あれ、恵理は電話?」

 キッチンから由紀が戻ってくる。

 「うん。ヒロシくんからみたい」

 「相変わらずマメな人ね」

 そう言いながら、由紀はチーズとサラミを

乗せた皿をガラステーブルに置いた。

 「そういう由紀だって、小林さんから電話

をもらってるじゃないの」

 加奈子が言う。

 つい、口に出してしまった一言であった。

 別に意識した訳ではない。何か、話題を振

るつもりだけだった。なのに、よりによって

小林の名が滑り出てしまったのだ。

 「え?」

 由紀がキョトンとする。失敗した、と加奈

子は思ったが、口にしてしまった言葉を引っ

込める訳にもいかなかった。仕方なく、さら

に言葉を続けるしかない。

 「あなたたちだって、似合いのカップルだ

と思うわよ…」

 「…そうかなぁ?」

 由紀は照れたように微笑する。

 その顔を見て、加奈子は自分の心の中にチ

クリとした痛みを感じた。それは明らかに由

紀の幸せに対する嫉妬であった。

 「小林さんも意外に積極的なのよね。付き

合ってみて、初めて分かったわ」

 由紀が楽しそうに言う。

 「ふーん…」

 加奈子は自分の声が強張っていることに気

づいていた。

 自分から小林についての話題を振ったくせ

に、由紀が楽しそうに話すのが辛かった。

 (なんて、バカなの…)

 自分で自分を責める。一番触れたくない話

題に自分から手を出したばかりでなく、その

ことに嫉妬の炎を燃やしてしまうことが許せ

なかった…。

 割り切ったはずだった…。

 考えないようにしていたはずだった…。

 忘れようと努力したはずの事であった…。

 だが、忘れられない。

 遠い記憶の底に沈めてしまおうと思えば思

うほど、それは浮き上がってくる。深く暗い

沼の底から沸き上がる気泡のように、次々に

浮かび上がってくる…。そして、その気泡が

弾けた瞬間に、そこから流れだすのは禍々し

い瘴気にも似た感情に違いなかった。

 感情を抑えつけてきただけに、その瘴気に

込められた毒も濃いことだろう…。

  絶対に外へ出す訳にはいかない。

 どんなことがあっても…。

 加奈子は楽しそうに小林のことを話してい

る由紀の笑顔を見ながら、そっと唇を噛みし

めるのだった。

 ピピピピピッッッ!

 不意に電子音が鳴り響く。

 虚をつかれて、加奈子はビクッと肩をすく

ませた。音のする方を探って、キョロキョロ

と部屋を見回す。

 些細なことにも必要以上に警戒心を抱くよ

うになってしまったようだ。

 テーブルの隅に置かれていた由紀の携帯電

話がランプを激しく点滅させていた。

 「あら、噂をすればだわ」

 由紀が笑って、携帯を手にする。着信表示

を見て、小林からだと分かったらしい。

 ピッと通話ボタンを押して、携帯を耳に当

てる。

 「もしもし…、私だけど」

 話し始めた由紀の笑顔が一層輝いたように

見えた。少なくとも加奈子にはそう思えた。

 「うんうん…うん。そう、今は加奈子たち

と宴会の真っ最中でね…」

 由紀がチラリと加奈子の方を見ながら、電

話の向こうにいる小林に話しかける。

 加奈子は意識して、笑顔を作った。そうで

もしなければ…、自分がどんな表情を作って

しまうかが分からない。それがたまらなく怖

く、恐ろしかった。

 だが、次の瞬間に待っていたのは、そんな

加奈子には過酷な一言だった。

 「加奈子。小林さんが話したいって」

 由紀が携帯電話を差し出す。

 加奈子の頬がヒクッとひきつる。だが、由

紀はそんな加奈子の表情の変化には気づいて

いないようだった。

 加奈子が小林に思いを寄せていた過去を由

紀は知らない。それを知っているのは恵理だ

けである。だからこそなのだが、由紀は屈託

のない笑顔で携帯電話を差し出している。

 「私、いい…」

 加奈子が小さい声で言う。努めて、感情を

殺したつもりだったが、声が強張るのを抑え

ることは出来なかった。

 「加奈子?」

 由紀は初めて、加奈子の様子に疑問を感じ

たようであった。だが、それを小林と結びつ

けるところにまでは至っていない。

 「いいから…。由紀、話しなよ」

 加奈子は差し出された携帯電話を受け取ら

ずに、もう一度言った。

 「う、うん…」

 不思議そうな表情で由紀は携帯電話を耳に

当てようとした。その瞬間、

 バチッッ!

 リビングルームの天井にあるシャンデリア

が激しくショートした。一瞬の間に、明から

暗へ、暗から明へと視界が変化する。

 「キャッ!」

 ビックリして、由紀が天井のシャンデリア

を見上げた。

 「キャアアアアッッ!」

 加奈子の方は、思いっきり絶叫してしまっ

ていた。ソファのクッションを頭から抱えて

うずくまってしまう。

 明かりは消えなかったが、そこにいた人間

を驚かせるには十分であった。

 「な、何…?」

 そう言って、由紀はシャンデリアを見つめ

ている。だが、点滅は一度きりで、何事もな

かったように光を放っていた。

 「ど、どうしたの…?」

 加奈子がクッションの間から、恐る恐る顔

を出す。

 「だ、大丈夫みたい」

 由紀は加奈子を落ちつかせるように、ゆっ

くりとした口調で言った。実際に、一瞬の点

滅の後は何も起きていない。

 「何だったのかしらね?」

 不思議そうに首を傾げて、由紀は携帯電話

を耳に当てた。そして、

 「あれ…?」

 と、さらに不思議そうな声を出した。

 「もしもし? もしもし?」

 由紀が話しかける。携帯電話を耳から外し

て、その表示ディスプレイを見る。

 「切れちゃった…」

 「え? どうして?」

 加奈子が尋ねる。

 「圏外になっちゃってる…」

 「ウソ?」

 「本当よ。さっきまで話してたのに、いき

なり圏外になっちゃったの」

 「どうして、急に圏外になるの?」

 「私にも分かんない…」

 由紀は色々と携帯電話のボタンを操作して

みるが、ピピッと電子音だけが虚しく響くだ

けで圏外の表示は消えなかった。

 「ダメみたい…」

 「そ、そんなことって…」

 加奈子が怯えたように言う。

 場所を移動した訳でもないのに、いきなり

圏外になるようなことがあるのだろうか?

 突如として外界から隔離されてしまったよ

うな孤独感がして、加奈子は身を震わせた。

 由紀も何となく割り切れないものが、心に

残ったようであった。

 「……」

 二人の間に、イヤな沈黙が落ちる。普段の

常識では考えられないようなことが起きた時

に、人は恐怖を感じざるを得ない。

 「きっと、さっきの電灯がショートした拍

子に携帯がイカレちゃったのかもね」

 合理的な説明をするのは、由紀らしい。

 理解できない事象に対する恐怖を打ち消す

には、自分たちに理解できる常識を当てはめ

てしまうことが一番だった。「知らない」、

あるいは「分からない」という意識に生まれ

た空白地帯が人を不安にさせる。そこに合理

的な説明が得られないからこそ、人は恐怖を

感じるのである。死後の世界を知らないから

こそ、人は死を恐怖する。魂の存在を否定も

肯定も出来ないからこそ、幽霊を怖がる…。

 そこに納得できる説明を見つけられれば、

人は死を現象と理解し、幽霊を実体として認

知することが可能になり、恐怖は消える。

 すべては無知、無力ゆえの恐怖なのだ。

 だからこそ、人は常識という枠を作った。

 未知なるものから、身を守るために…。

 「そういうもんなの?」

 加奈子が確認するように聞いた。

 「うん。電気がショートすると、電磁波み

たいなのが起きるみたいなの。ほら、雷が落

ちると携帯が切れたりするじゃない」

 「そうなの?」

 「そうよ。ノイズが入ったり、電波が途切

れちゃったりね。たぶん、同じように携帯の

調子が悪くなっちゃったのよ」

 由紀は自分なりに常識を駆使し、携帯が使

えなくなったことの説明をする。由紀自身が

それを納得しているとは思えない。納得しよ

うとしていたのである。

 「ふ−ん、そうなんだ」

 加奈子も納得したようにうなずいた。彼女

もまた、受け入れるしかなかったのだ。

 「……」

 沈黙の間が落ちる。

 「テ、テレビでも点けようか?」

 話題を切り換えるように、由紀がテレビに

向かう。別に見たい訳ではないが、賑やかな

雰囲気が欲しかったのである。

 「うん。バラエティーか、歌番組がやって

るといいね」

 加奈子も同意する。

 由紀はテレビのリモコンを見つけて、その

ONスイッチを入れた。

 …………映らなかった。

 「あれ?」

 由紀がチャンネルのスイッチをカチャカチ

ャと押す。画面は変わるように、スイッチを

押すたびに点滅する。

 だが……、映らない…。

 正確に表現すれば、テレビのスイッチは入

っている。画面にも灯が入っている。

 しかし、番組が映らないのだ。いわゆる砂

の嵐にもならない。ただ、白い画面が延々と

映し出されているだけなのだ。

 「ど、どうしたの?」

 「……」

 由紀は黙っていた。そして、心の中で気づ

いていた。

 納得のいく説明は一つ。ここには、電波が

届いていないということである。どこからも

電波が届いていないのならば、このような白

い画面であることの説明にはなる。もし、テ

レビが壊れていれば画面は映らないし、電波

が乱れているだけなら砂の嵐になるはずであ

る。そうでないということは、ここには一切

のテレビ電波が届いていないのだ。

 (そんなバカな…)

 由紀は心の中でつぶやく。

 携帯電話のように、テレビ電波までが圏外

になってしまったとでも言うのだろうか。

 昨日まで映っていたテレビの電波が急に届

かなくなった。さっきまで話していた携帯電

話の電波が急に圏外になった。

 まるで…、自分たちを外界からシャットア

ウトしたかのように…。

 さすがの由紀も背筋に寒けが走るのを抑え

ることは出来なかった。何かが起きたことを

認めざるを得なかった。

 起きた、という過去形は正しくないのかも

しれない。もしかすると、起きつつある、と

いう現在進行形なのかもしれないのだ。

 「どうしたの…?」

 震えを帯びた加奈子の声が聞こえた。すぐ

近くに、青ざめた加奈子の顔が見える。それ

は由紀自身の表情でもあるに違いない。

 由紀は思わずテレビを消した。画面はすぐ

に暗黒に戻る。

 「こ、故障したみたい」

 精一杯の明るい声で言ったつもりだった。

 だが、そんなことで誤魔化しきれるもので

はない。凍りついたような空気が、部屋の中

に漂った…。

 ガチャリ!

 不意にリビングのドアが開いたので、二人

はビクッと身体をすくませてしまった。

 「ねぇねぇ、変なんだよぉ!」

 そう言いながら入ってきたのは、外で電話

していたはずの恵理だった。

 「な、何が変なの?」

 由紀が尋ねる。

 (そんなこと分かってるでしょ…)

 加奈子の心の中で、誰かが言った。

 「うん。外で話してたら、急に電話が切れ

ちゃったのよ。それで表示を見たら…」

 (圏外になってたんでしょ)

 恵理の答えを先回りするように、加奈子の

心の奥で誰かが言った。

 「圏外になっちゃってたのよ」

 恵理が怒ったように言う。会話の途中で切

られてしまったのが、頭にきているらしい。

 (ああ、やっぱり…)

 加奈子は、そっとため息をついた。こんな

予想が当たって、嬉しい訳がない。由紀を見

ると、同じような顔をしていた。

 「…?」

 ふと、どこかで微かに誰かが笑っているよ

うな気がして、加奈子は周囲を見回した。だ

が、3人の他に誰もいるはずがない。

 「恵理もなの。実は私も話してたら、急に

圏外になっちゃったのよ」

 由紀は自分の携帯電話を示しながら、同じ

状況であることを説明した。

 「何でだろ? 風向きなんかで急に圏外に

なるようなこと、あるのかな?」

 「そんなことないと思うけど…」

 「なんか、ムカつくなぁ」

 恵理はプンと頬を膨らませた。

 「ねぇ、ここの電話を使ったら?」

 加奈子が思いついたように言った。リビン

グには電話が備えつけてある。電話料金は別

途の請求になってしまうのだが、この際にそ

んなことは言ってられない。

 「それ、ナイスアイデア!」

 恵理がすかさず同意する。

 「そうだね。向こうもいきなり切れて、驚

いているだろうし…」

 由紀がそう言っている間に、恵理はさっさ

と電話機に近づいている。

 リビングの片隅に置いてあるのは、白いプ

ッシュホン式の電話だった。

 「これなら、圏外はないもんねー」

 恵理はそう言いながら受話器を外し、耳へ

と当てた。ダイヤルしようとして、

 「あれ?」

 と素っ頓狂な声を上げた。カチャカチャと

フックを押して始める。

 「どうかした?」

 不自然さに気づいて、由紀が聞く。

 「この電話、死んでるよ…」

 「ええっ?」

 驚いた由紀は恵理から受話器をひったくる

ように取ると、自分の耳に押し当てた。

 何も聞こえなかった。ツー、という通常の

発信音すらも聞こえない。

 「…つながってない」

 由紀は電話が通じなくなっていることを告

げた。これまでのことを考えると、ただの偶

然とは思えなかった。

 「ど、どうしてよっっ?」

 加奈子がたまらずに叫ぶ。

 「電話線が切れてるのかもしれないし、貸

別荘だから回線が切られてるのかも…」

 「全然、使えないのっ?」

 「だって、全く通じてないもの…」

 由紀は受話器を手に、完全にお手上げとい

うポ−ズをする。

 「そ、そんな…」

 加奈子がガクリと肩を落とす。完全に外界

との通信が途絶えていることを知ったことが

ショックだった。これでは、明朝に迎えを呼

ぶことすら出来ない。

 「だ、大丈夫よ。コンビニの所まで歩いて

いけば、公衆電話があるんだもの」

 由紀は励ますように言うと、受話器を戻し

た。その途端、

 プルルルルルルッッッッ!

 電話が鳴った。

 通じていないはずの電話が…!

 「キャアアアッッ!」

 さすがに由紀も悲鳴を上げた。

 プルルルルルッッッッ!

 電話が無情に鳴り響く。

 「ど、どういうこと。それって、通じてな

いんじゃなかったのっっ?」

 加奈子がヒステリックに叫ぶ。すでに半分

泣き声に変わっていた。

 「そ、そんなバカなこと…」

 由紀も受話器を取ることが出来ずに、ジッ

と鳴り響く電話機を見つめるだけだった。

 「と、とにかく、取ればいいのよ!」

 異様な状況の中で、真先に動いたのは恵理

であった。勇敢にも受話器を取る。

 「もしもしっっ?」

 誰かも分からぬ相手に、恵理が尋ねる。

 「……」

 「……」

 由紀と加奈子は固唾を呑んで、その様子を

見守っている。

 「もしもしっ! もしもしっ!」

 恵理が受話器に叫んでいる。

 「おい、誰なんだよっ?」

 すぐにそれは怒鳴り声に変わった。

 「ど、どうしたの?」

 加奈子が恐る恐る聞く。

 恵理は振り向くと、黙って受話器を差し出

した。聞いてみろ、と言わんばかりに。

 「……」

 震える手で受話器を受け取ると、ゆっくり

とそれを耳に当てる。

 それが耳に飛び込んできた。

 クスクスクス…クスクスクス…。

 笑い声だった。誰かが受話器の向こうで、

確かに笑っている。

 「キャアアアアアッッッッ!」

 加奈子は思わず受話器を放り出した。

 ガチャンと音をたてて、受話器が台に当た

った。コードでつながっている分、床まで落

ちずにブラブラと宙に揺れる。

 「加奈子っ?」

 受話器を放り出して、床へとうずくまって

しまった加奈子に由紀が驚く。そして、ぶら

下がったままの受話器を手に取る。

 「…!」

 耳に当てた由紀は、すぐに何があったのか

を理解した。

 「もしもしっ! もしもしっ!」

 激しく相手に問いかける。だが、向こうは

笑っているだけなのだろう。

 「いいかげんにしなさいよっっ!」

 激怒した由紀は受話器を叩きつけるように

して、電話を切った。

 静寂に満ちた部屋の中に、うずくまった加

奈子の嗚咽だけが聞こえた。

 「な、何なのよ、あれ?」

 恵理の顔もさすがに青ざめている。ワイン

の酔いも一気に吹き飛んだようだった。

 「わかんない…」

 由紀もそうしか言えなかった。

 その途端、

 プルルルルルルッッッッ!

 またも電話が鳴った。3人の神経を逆撫で

するように、甲高く鳴り響く。

 3人の表情は完全に凍りついていた。指先

の末梢神経までが切断されてしまったように

動かすことすら出来ない…。恐怖という感情

が身体の自由を奪い去っていた。

 「いやあああっっ!」

 加奈子が絶叫した。

 「……」

 「……」

 今度はさすがに受話器を取る者はいなかっ

た。もう、あの笑い声を聞きたくないという

のが真情だった。

 プルルルルルルッッッ!

 そんな3人の心を弄ぶかのように、電話機

は鳴りつづけている。

 早く取りなさい…。さあ、今すぐに…。

 そう言っているように聞こえる。

 「やめてっ! やめてやめてやめて!」

 加奈子の叫びが連なる。耳を塞ぎ、狂った

ように頭を振り動かしている。

 プルルルルルルッッッ!

 それでも電話は鳴りつづける。絶望の淵へ

と漕ぎだす波止場のベルのように…。

 「う…、うるさいっっ!」

 ついにキレた由紀が電話機に駆け寄った。

 後ろへとつながっている電話線を力一杯に

引き抜く。四角い先端のモジュラージャック

が勢いよく宙に跳ねた。

 カチャーン…!

 モジュラージャックが窓ガラスに当たって

固い音を立てた。

 ……………。

 そして、電話は鳴るのをやめた…。

 不気味な静寂が部屋を覆う。

 「フウ…」

 由紀が安堵の息を漏らした。その額には、

ジットリと汗が滲んでいた。

 「な、何だったのかしら…」

 ようやく、恵理がそれだけを言った。

 「悪戯だったのかしら…?」

 由紀はそう答えた。とは言え、それが完全

な答えになっていないのは確かだ。

 誰がこんな悪戯をすると言うのか?

 悪戯をする必要性がどこにあるのか?

 どうして、ここの電話に…?

 いや、何よりも重要な問題が残っている。

 『どうして、通じていないはずの電話にか

けることが出来たのだろうか?』

 その答えを見つけることは出来ない。出来

ない以上はいかなる答えも、答えではない。

 「と、とにかく、もう安心よ」

 由紀はそう言って、テーブルの上にあった

ワイングラスを取る。残っていた深紅の液体

を一気に喉へと流し込んだ。そうでもしない

ことには、気持ちを落ちつかせられない。

 酒に逃避する人々の気持ちが少し分かった

ような気がした。

 人は自分の無力さを思い知った時に酒の力

を借りようとするのだ。酒に酩酊することで

現実を忘れ、全ての責任を酒に押しつけよう

と自己防衛本能を発揮する。

 そして、全てが終わった時に言うのだ。

 『酔っぱらっていたから…』と。

 由紀もそう言いたかった。しかし、自分た

ちの記憶に焼きついた電話のベルと笑い声を

消すことは出来なかった。

 「加奈子、大丈夫?」

 恵理が床にうずくまったままの加奈子に声

をかけて、優しく抱き起こす。

 「も、もう…いやだ…」

 しゃくりあげている加奈子。

 その思いは十分に分かる。由紀も恵理も、

自分たちが加奈子が何に怯えていたのかをよ

うやく知ることが出来たのだった。

 「もう平気だから…」

 恵理が加奈子を抱くようにして、優しくそ

の背を撫でている。

 「そうよ。もう大丈夫だから…」

 由紀も言葉を添える。

 「…本当に?」

 加奈子が怯えた目のままで、由紀を見つめ

る。由紀はそれにしっかりとしたうなずきで

答えた。

 「…うん」

 加奈子はようやく微かに笑みを浮かべた。

 その瞬間だった。

 プルルルルルルルッッッ!

 電話が鳴った!

 電話線を抜かれたはずの電話が!

 プルルルルルルッッッ!

 戦慄のベルが部屋に鳴り響く。

 「そ、そんな…」

 由紀の手からワイングラスが滑り落ちた。

 ガシャーン!

 床に砕け散るグラスは、今の3人の心その

ものであった…。

 

                                                                つづく