学校怪談

「夜の王様」

 

 

第十一回 「正体」

 

 「や、山本くん…?」

 「そう。ちゃんと覚えておいてくれよな」

 「う、うん。覚えたわ」

 「よし。じゃあ、始めるか」

 そう言って、山本はピラミッドのように積

み上がった机の方へと歩きだした。

 「ちょ、ちょっと待ってよ」

 美貴がその腕をつかんで、引き戻す。

 「何だよ?」

 「さっきの答えをまだ、聞いてないわ」

 「さっきの答え?」

 「ええ。あなた、もしかして…」

 美貴の目がもう一度、山本を上から下まで

見回す。表情が真剣だった。

 「おいおい、そんなに見るなよ」

 照れくさそうな素振りをする山本に、美貴

は深呼吸を一つしてから、聞いた。

 「あなた、もしかして、昔に小学校で自殺

したという子供の幽霊?」

 なんか変な質問だったが、それに対する山

本の答えもまた異様なものであった。

 「ああ、その通りさ。みんなは旅をする幽

霊だとか、真夜中の少年だとか、勝手に噂を

しているけど、俺の名は山本だよ」

 「……!」

 美貴は驚きのあまり、声が出なかった。自

分で自分のことを幽霊と言う山本もさること

ながら、それを事実としてしか受け止められ

ない状況の中にいる自分に戸惑っていた。

 そして、もう一つの思いが心の中に浮かび

上がってくる。

 理恵の言っていたことは本当だった!

 みんな、みんな、本当の事だったんだ。

 美貴は理恵の言葉を信じてあげられなかっ

た自分が情けなかった。事実を追わなきゃい

けないと理恵を叱っていながら、一番事実か

ら目をそらしていたのは自分だったのだと、

美貴は初めて分かったのであった。

 顔を真っ青にして、泣きそうな表情をして

いる美貴に対して、山本が言った。

 「何があったかは知らないが、ボーッとし

ていると、夜の王様にやられちまうぜ」

 そう言われて美貴は、後悔と失意の世界か

ら現実へと帰ってきた。そして、そこに現実

に起きている怪奇を目にした。

 ガガガッ、ガガガッ…。

 ピラミッド状に積み重なった机の山が、美

貴たちの方へ向かって動いてくる。それは、

巨大な怪物のようだった。

 「ここの学校は、中々に楽しませてくれる

みたいだな…」

 山本は帽子をキュッとかぶりなおして、口

許を舌でペロリとなめた。

 机のピラミッドは、大きな音をたてながら

確実に近づいてきている。それなのに、山本

の様子はまるで楽しんでいるようだ。

 「ちょ、ちょっと、山本くん!」

 美貴が恐怖に怯えた声で、呼びかけたのが

凍りついていた緊張を解く合図となった。

 ガアアッ!

 すさまじい音と共に、上の方の机から崩れ

始め、山本めがけて降ってくる机たち。

 山本はジャンパーの内ポケットから、何か

を取り出すと、思いっきり振った。

 それはケン玉だった。先についた赤い玉が

まるで生きているかのように動いて、空中の

机たちを次々に弾いていく。

 弾かれた机は微妙な落下角度を狂わされて

しまい、山本を囲むようにして床に激突して

しまうのだった。

 「今度はこっちの番だぜ。てめえの弱点は

そこだあぁぁ!」

 山本はさらに落ちてくる机を上手くかわし

て、ピラミッドの一番下の部分へと向かう。

 「たああぁ!」

 その一角に山本がキックを入れた。すると

ピラミッドはバランスを大きく崩し、後ろへ

と倒れていくのだった。

 ガラガラガラガラ…!

 廊下中に響き渡るような大音響をとどろか

せて、机ピラミッドは崩壊した。

 美貴は耳を押さえながら、その有り様を見

守っていた。まきあがる埃の中から、山本が

こちらへと歩いてくる。

 「悪いなぁ、ちょっとうるさかったか?」

 呑気な表情で聞いてくる山本が、美貴には

信じられなかった。こんな危ない状況で、ど

うして笑っていられるのだろう?

 「うん?どうした?」

 呆然としている美貴を変に思ったのか、山

本が聞いてくる。だが、美貴は無言で首を振

るだけだった。とてもじゃないが、平気に会

話できる状態ではなかった。

 「さてと、あんたはどうする?」

 山本がカチンとケン玉を鳴らしながら、聞

いてきた。美貴がキョトンとする。

 「このまま、ゲームにつきあう必要なんて

ないんだから、さっさと逃げだした方がいい

んじゃねえのか?」

 「ゲームって、何のこと?」

 「何だ、そんなことも知らねえで、ここに

いるのかよ」

 山本が呆れたというような顔をする。

 「ねえ、山本くん。ゲームって何なの?」

 「なあに、ただの鬼ごっこだよ。学校中を

使った、追い駆けっこさ」

 「追い駆けっこ…?」

 「ああ、俺たちが逃げる側で、夜の王様が

追いかける側なんだ。立ち尽くしてしまった

り、動けなくなってしまったら、こっちの負

けなんだよ」

 「負けたら、どうなるの?」

 「たぶん、あいつらのようになる」

 そう言って、山本は美貴の背後を指さす。

 その指先を追って、美貴はゆっくりと振り

向いた。目が一気に見開かれる。

 「キャアアアッッ!」

 それを見た途端、美貴は絶叫していた。

 壁から人間の手足が生えていた。と言うよ

り、壁の中にめりこんでいるのだった。

 不気味なオブジェのようにも見える。

 若い女の子と男の子だった。見覚えのある

黒い詰め襟と紺色のセーラー服。隣の中学校

の制服だった。

 その制服を見た瞬間、美貴はそれが誰なの

かを理解した。

 行方不明になっている中学生たち!

 二人とも意識を失っているようだが、頬は

こけ、全身がガイコツのようにやせ細ってい

た。まるで生気が感じられない。

 「ああやって、夜の王様にエネルギーを吸

い取られていくのさ。生命をね」

 山本があっさりと言った。

 「ちょっと、冗談じゃないわよ。早く助け

てあげなきゃ!」

 「もう、そいつらはダメだよ…」

 「!」

 美貴は、真っ青になって震えた。だが、そ

の恐怖は次の瞬間には、怒りへと変わった。

 「夜の王様って、一体何者なの? どうし

て、こんなことするのよ?」

 「……」

 さっきまで恐怖に震えていた美貴だったが

今は怒りに身を震わせていた。それを見て、

山本はちょっと驚いていた。

 「教えてよ、さあ。夜の王様は一体どこに

かくれているの!」

 「…どこにも隠れてなんかいないよ」

 「え?」

 「あんたにも見えてるさ。ほら、あんたの

横に、後ろに、上に、下に…」

 「ど、どういうこと?」

 美貴はビックリして、前後左右上下をキョ

ロキョロと見回す。

 それを見て、山本はため息をついた。

 「にぶいヤツだなぁ。夜の王様というのは

この学校そのものなのさ。正確には夜の学校

だけどね…」

 「う、うそ…」

 「こんなことでウソをついても、しょうが

ねえだろ」

 うろたえる美貴に、山本が素っ気なく言っ

た。妙に落ちついた少年であった。

 「ど、どうして、学校がそんな事になって

しまうのよ?」

 「チェッ、そこから話さなきゃいけないの

かよ…」

 山本は面倒くさそうに頭をかいた。

 「あのなぁ。あんたさぁ…」

 「私の名前は、沢村美貴よ」

 「しょうがねえ。美貴、よく聞けよ」

 美貴は黙って、うなずいた。

 「普通、学校って所はすごいエネルギーを

発散する場所なんだ。勉強とか、スポーツと

か、遊びとかな。エネルギーのあり余ってい

る子供たちが、そのエネルギーのありったけ

を使ってる場所なんだぜ」

 「うん、それで?」

 「それで?じゃねえよ。学校という、こん

な狭い範囲の中で使われた莫大なエネルギー

が、そう簡単に消えちまう訳ないだろ」

 「どこへ行ってしまったの?」

 「学校そのものの中にため込まれてしまう

のさ。そして、何らかの生命力のようなもの

を与えてしまうんだよ」

 「それが、夜の王様の正体なの?」

 美貴が言うと、山本はチッチッチッと指を

美貴の目の前で振った。

 「早合点するなよ。まだ、先があるのさ」

 「どういうこと?」

 「確かにその通りなんだけど、ちょっと違

うんだな、これが」

 「何が?」

 「学校の中で使われるエネルギーは、勉強

とかスポーツとかだけではないんだよ。思い

という強烈なエネルギーがあるんだ」

 「思い…?」

 山本は大きくうなずいた。

 「人間の思い、っていうのは、シャレにな

らないほどの強いパワーを持ってるんだ」

 「……」

 「美貴だって、スポーツをやって面白かっ

たとか、遊んでいて楽しかったとか、そうい

うふうに思うだろ?」

 「うん」

 「そういった思いも、みんなエネルギーな

のさ。そういったものも、学校の中に取り込

まれるエネルギーの一つになっているんだ」

 山本の言葉に、美貴はうなずいた。

 確かに強い気持ちだとか、弱い気持ちだと

かと言うことがある。気持ちや思いにエネル

ギーがあると言うのも否定はできない。

 「だが、思いというのは、そんな面白いと

か、楽しいとか、そんなものばかりじゃない

んだよ」

 「…?」

 「勉強をして辛かったとか、試合に負けて

悔しかったとか、そういうマイナスのエネル

ギーを持つものもある」

 「う、うん」

 「それだけじゃない。小学校だって、一つ

の社会なんだから、恨みや妬みとかいった強

烈な悪念もある。子供だからと言って、そん

な思いが無いなんて言うのは、大人の思い上

がりなのさ」

 美貴は、段々と分かってきた。山本が何を

言おうとしているのかを…。

 「子供っていうのは、そういう悪い思いに

固まってしまうと、ガマンってやつが足りな

いから、とんでもないエネルギーを生み出す

んだ。それは、プラスの思いが持っているエ

ネルギーなんか比べ物にならないくらいに、

はるかに強烈なものなんだよ」

 「じゃあ、そのエネルギーを吸収してしま

った学校はどうなるの?」

 美貴は聞いたものの、次に返ってくる答え

はすでにわかっていた。

 「それが、夜の王様なんだ…」

 山本はそう言って、美貴を見た。

 美貴も黙って、山本を見つめ返す。

 「負のエネルギーを吸収した学校…」

 「ああ。夜の王様っていうのは、昼間の内

に学校の中で吐き出された恨みつらみや悔し

さの念が凝り固まってしまったものなのさ」

 「恨みの念…か…」

 「そうさ。最近じゃ、イジメだとかがある

らしくって、段々と夜の王様はパワーアップ

してきている。昼間の学校で吐き出されるマ

イナスの思いが強ければ強いほど、夜の学校

は怪物と化してしまうのさ」

 美貴のクラスにも、イジメがあった。しか

し、それを止めようという思いはあっても、

実際の行動としては出来なかったりする。

 そうなると、いじめられている本人は恨み

の念を持ち、いじめている側には後ろめたさ

のような思いがあり、止められなかった人々

の中には後悔の念が生まれる。その全てが、

マイナスのエネルギーとなって、夜の学校を

怪物に変えてしまっていたのだ。

 「本来、夜の王様と言っても、せいぜい真

夜中にピアノを鳴らしたり、理科室のガイコ

ツを笑わせたりするのが精一杯のパワーしか

持っていないんだよ」

 「まさか…?」

 「学校が普通である間は、とてもじゃない

が、人を襲ったりなんか出来ない。学校の怪

談なんて、そんなものなのさ」

 「でも、本とかで読んだりする怪談は、結

構こわいのもあるわ…」

 「それは最近になって生まれた怪談ばかり

なんだよ。最近の怪談が恐ろしく危険なもの

ばかりなのは、学校に通う小学生自身が、そ

う変えてしまったからなんだ」

 「……」

 「これで分かったろ。納得したかい?」

 山本はそう言って、説明を終えた。

 美貴の心は暗くなってしまっていた。

 無理もない話である。

 美貴が黙り、山本がひと息ついた時。

 すさまじい音がして、廊下の天井にある蛍

光灯が次々に割れはじめた。

 「やべっ、長話しすぎたみたいだぜ」

 「ど、どうしたの?」

 「夜の王様のやつ、しびれを切らして、暴

れはじめやがった!」

 「ど、どうするの…、キャアッ!」

 美貴の身体が急に後ろへと引っ張られた。

 「しまった。後ろはトイレだったのか!」

 山本が叫ぶ。

 美貴の身体を、白くて長い不気味な手がつ

かんでいた。そして、女子トイレの中へと引

きずり込もうとしていた。

 「キャアアアア!」

 美貴は女子トイレの中へと連れ込まれ、そ

して、その中で見たのだった。

 トイレの鏡の中から、白い手が伸びている

ことを!

 

 「トイレの白い腕」

 緑ヶ丘小学校7不思議の一つである。

 トイレの怪談には、「花子さん」をはじめ

として、色々なパターンがあるが、この「白

い腕」は特別にタチが悪い。

 鏡の中から伸びてきた白い腕は、トイレに

入っている子供をつかむと、鏡の世界に引き

ずり込んでしまうのである。

 鏡の世界には、異次元であるとか、死後の

世界であるとか言われているが、はっきりと

はしていない。

 一番真実味があるとしたら、それは「夜の

学校」へと連れ去られるというものだろう。

 

 「いやあっ、たすけてぇ!」

 美貴が手足をバタバタさせながら、徐々に

鏡の方へと引きずられていく。

 「ふざけんなぁ!」

 そこへ山本が飛び込んできた。

 右手のケン玉がうなりをあげる。

 ガシャアアン!

 ケン玉の赤い玉が、トイレの鏡を叩き割っ

た。細かいガラスの破片が宙に舞う。

 そして、鏡が割れると同時に、白い腕も消

滅し、美貴は床へと落下した。

 「あぶねえっ!」

 鏡の破片が散らばる床に落ちる前に、山本

が美貴を間一髪で受け止めた。

 「あ、ありがとう」

 美貴が礼を言うと、山本はニコリとした。

 「それよりも、ここにいたらマズい。この

階から、さっさと逃げだすぜ」

 山本が言うと、美貴は青い顔になった。

 「だ、だめなのよ。階段は無限の階段にな

っていて、下に下りることができないの」

 「へん。夜の王様がお得意の目くらましだ

ろ。心配するな!」

 そう言って美貴を下ろすと、山本は美貴の

手を引っ張って、階段へと向かった。

 目の前に階段が下へと延びる踊り場まで来

た時、山本が聞いた。

 「美貴。この学校の階段の段数はいくつな

んだ?」

 「段数?」

 「目くらましなんだから、目をつむって、

しっかりと段数を数えていけばいいんだ」

 「途中の曲がるところはどうするの?」

 「学校の階段は、左通行を基本にしている

はずだから、下りる時は右へ、右へと曲がっ

ていけばいいんだ」

 「なるほど!」

 美貴が感心すると、山本が怒鳴る。

 「さっさと教えろよ!」

 「え、えーとぉ…、そ、そう12段よ!」

 美貴は夜になると12段から13段に増えると

いう理恵の話を思い出して言った。

 「よし、行くぞ!」

 二人は目をつむって、階段を下りはじめる

のだった。

 

                           つづく