学校怪談

「夜の王様」

 

 

    第二章「放送部」

 

 緑ヶ丘小学校は、東京郊外の静かな街並み

に建つ小学校である。少しずつ山が切り崩さ

れて、新しいマンションが建っていったりし

ている。緑が少なくなっていくのは悲しいこ

とだが、それに増して便利になっていくのだ

から仕方ないことかもしれない。しかし、ま

だ緑ヶ丘小学校の周りには、畑や田んぼもあ

るし、ちょっとした森もある。昔からある古

い街の匂いの中に、マンション群を含む新し

い香りが混じり合っている。そんな感じのす

る土地だった。それだけに美貴たちも、都心

に済む子供たちより、いい環境に恵まれて育

ったと言っていいのだろう。

 緑ヶ丘小学校は、それなりに古い歴史のあ

る学校であるが、校舎は八年前に新しく建て

替えられたものである。白く細長い校舎に、

大きな体育館とグラウンド、25Mのプール

もあるし、全教室にカラーテレビとビデオま

で備えつけてあった。

 こんな学校で怪談話などナンセンスに感じ

られるが、建て替えられたとは言え、学校そ

のものは古いので、昔からの怪談を引き継い

でいるのだろう。

  先輩から後輩へ。

  そして、そのまた後輩へと…。

 その中で、学校の怪談というものは加えら

れ、あるいは忘れ去られていく。十年前の七

不思議と現在の七不思議が違うのは、そうい

う理由である。誰かがケガをした、誰かが病

気になった、そういう事が伝言ゲームのよう

に伝えられていけば、やがては誰かが死んだ

というような話に変わってしまう。さらに転

校したとかで、その子供が学校からいなくな

ってしまえば、効果はバツグンである。

 ある意味での子供たちの間での、エンター

テインメントみたいなもの。

 少なくとも、美貴はそう信じていた。

 

 放課後の放送室。

 「と言うわけで、来週の放送分のニュース

を集めなきゃいけないんだけど。みんなは何

か、調べたいことってある?」

 放送部の部長である美貴が聞く。集まった

放送部員は四人。これで全部である。

 まず、後藤鳴美。それから、機械いじりの

大好きな相原武。彼の場合はCB無線が趣味

であり、すぐに家に帰ってしまうのは難点で

あった。それから、カメラマニアの飯島裕一

は、写真部がないので、やむを得ずに放送部

へ入った人である。ビデオカメラには興味が

なく、父親ゆずりの一眼レフを持っている。

 これに部長の美貴が加わっての四人であっ

た。クラブとしては少数編成である。その理

由は、別に放送委員会が存在していて、運動

会とかの行事の撮影には、そちらが担当をし

ているからだ。放送部は、毎日のお昼の放送

を流さなければならないし、水曜日にはビデ

オを使った学校ニュースを出さなければなら

ない。そのために学校に遅くまで残ることが

ほぼ毎日となっている。そのくせ、華々しい

学校行事は放送委員会にとられてしまうのだ

から、部員が少なくなるのは当然かもしれな

かった。

 「ウワサになってる中学生の行方不明事件

をやったら、どうかしら?」

 鳴美が早速に提案した。

 「うん、それは私も考えたんだけど。さっ

き職員室に行って、先生に事件の事について

話を聞いてみたのよ」

 「そしたら、何だって言ってた?」

 「中学生の二人が、この学校の辺りで消え

たのは本当みたい。それで先生が、あまり他

の生徒を動揺させたらいけないから、この話

題をあつかうのは駄目だって…」

 美貴が残念そうに言った。

 「ま、そりゃそうだな。いくら放送部でも

そういうニュースを扱うのは無理だろ」

 裕一がカメラを磨きながら言った。その様

子に鳴美が怒ったように言う。

 「何よ。そのヤル気のない態度は!」

 「別にヤル気のあるなしじゃないよ。俺の

言ってるのは間違いじゃないと思うけど」

 「そのカメラは何よ。スクープ写真を撮る

ためにあるんじゃないの?女の子のパンチラ

ばっかりを撮ってるんじゃないの?」

 「何だとぉ。俺のカメラは、ちゃんとした

写真しか撮らねぇよ!」

 「ふん、どうだか」

 「いい加減にしなさいよ!二人とも!」

 美貴が二人の言い合いに割って入ると、二

人とも黙ってしまった。美貴は咳払いを一つ

すると、あらためてみんなを見回した。

 「とにかく、中学生の事件を扱うのは無理

なのよ。先生たちが言っている以上は、仕方

ないと思うわ。問題は、じゃあ何を取材する

かってことよ」

 美貴が質問すると、今度は誰も発言しよう

としなかった。いつもの事だが、小学校の範

囲でおきる事件が、毎週毎週あるはずもない

のだ。だから、自然と事件はなく、ネタもな

くなっていく。ズバリ、ネタ切れなのだ。

 「また、校内美化運動でもやるの?」

 武がボソッと発言する。

  だが、すぐに鳴美が反対した。

 「あんなの、つまんないわよ。人気タレン

トの校内大アンケートっていうのは?」

 「誰が生徒全員に聞くんだよ。あとでまと

めなきゃいけないし、面倒くさいよ」

 そう反対したのは、裕一であった。

 「じゃあ、どうすんのよ?」

 「それを今、考えてんだろ!」

 鳴美を突き放すように言った裕一は、その

まま考え込むように、再びカメラを磨き始め

るのだった。

 放送室の中に、まったりとした空気が漂い

はじめた時、鳴美が口を開いた。

 「じゃあ、夜の王様をやらない?」

 その言葉に、みんながピクッと体を動かし

た。一斉に鳴美を見る。

 「さっきの中学生の事件はダメだけど、学

校の怪談っていうことなら、いいでしょ」

 鳴美が言うと、美貴が渋い顔をした。

 「そんないいかげんなモノを…」

 「校内美化運動とか、歯の磨き方とか、そ

んな真面目なものばっかりをやってても、つ

まらないわよ。学校の怪談なら、みんなも興

味あるし、作る方も楽しいと思うけど?」

 「たまには後藤もいいこと言うなぁ。確か

に、そういう話が好きなヤツはタップリいる

と思うよ」

 美貴の反論をさえぎるように、すぐさま武

が賛成の意を示す。

 「飯島はどうなの?賛成?反対?」

 鳴美が裕一の方を向いて、聞く。

 「そうだなぁ…」

 裕一は、自分で磨いたカメラレンズをしば

しながめていた。そして、言った。

 「俺としては、一度でいいから心霊写真て

ヤツを撮ってみたかったんだよね」

 「オッケー。これで決まりね!」

 鳴美が指をパチンと鳴らして、言った。

 「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 あわてたのは美貴である。あれよあれよと

いう間に、鳴美のペースで決まってしまった

が、美貴としては納得いかない。

 「鳴美。これは、ちゃんとしたクラブ活動

なんだよ。もう少しマジメに考えた方がよく

ないかしら」

 「何言ってるのよ。お昼休みに、どれだけ

の生徒がテレビの前にいると思ってるの?」

 「そ、それは…」

 鳴美の言葉に、美貴の答えがつまる。それ

を見た鳴美は、さらにたたみかけた。

 「ほら、分かってるじゃない。誰も見てな

いでしょ。みんな、すぐにグラウンドに出て

行っちゃって、教室なんかスッカラカンよ」

 「でも、鳴美…」

 「甘いわよ。いくら小学校の校内放送でも

視聴率ぐらい、気にしたらどう?」

 「出たな…。後藤の芸能界病が」

 裕一がニヤニヤしながら、つぶやく。

 「そこ!うるさいわよ!」

 鳴美が怒鳴ると、裕一は肩をすくめて、ま

たカメラを磨きはじめるのだった。ちょっと

にらみつけてから、鳴美は裕一から美貴へと

目を戻した。

 「保健委員会が作ってる虫歯のポスターと

か、美化委員会の出す『そうじはきれいに、

すみずみまで』の貼り紙と一緒のモノを作っ

ても、そりゃ見てくれないわよ」

 美貴は黙っていた。それを見た鳴美は、口

調を変えて、別の面から攻めはじめた。

 「ねえ、美貴。せっかく一生懸命作っても

誰も見てくれないんじゃ、悲しいよ」

 優しくした声で訴える鳴美に、美貴は顔を

上げた。そして、ジッと見つめ返す。

 鳴美の言っていることは事実だ。放送部の

作るビデオ放送を見てくれている生徒は少な

い。と言うよりは、ゼロに近かった。それは

放送の中身が鳴美の言う通り、お昼の休み時

間に見るものとしてはカタすぎるものだから

なのは間違いない。そして、もっと多くの生

徒が見てくれたら…と思っているのは、美貴

も同じだった。

 そこまで考えていて、美貴は鳴美と見つめ

あったままなのに気づき、顔を明らめて、目

をそらした。その様子に、鳴美も微笑を浮か

べて、軽くサラッと言った。

 「とにかく。たまには、こういう楽しめる

ようなものを作ったって、バチは当たらない

わよ。そう思わない?」

 鳴美はそこで言葉を切って、美貴を見た。

 美貴はしばらく考えていたが、フッとあき

らめたようにため息をついた。そして、次に

顔を上げた時には、笑顔になっていた。

 「オッケー。わかったわよ、鳴美」

 「じゃあ、いいのね?」

 鳴美の顔にたちまち喜色が浮かぶ。

 「本当に本当?やっていいのね?」

 「うん。…まあ、たまにはそういうのもい

いかもしれないしね。先生には、私から頼ん

でみるよ」

 「サンキュー、美貴!」

 鳴美は大喜びで美貴の手を握った。美貴は

複雑な笑顔で、それを受け止めるのだった。

 「んじゃ、話がまとまったところで、本題

に入るかい?」

 裕一は待ちくたびれたという様子だ。

 「そうだね。これから、どうするの?」

 武も相変わらずの気弱な口調で言った。

 「うーん。まだ、そこまで考えてない」

 鳴美がアッケラカンとして言う。裕一が呆

れ顔になった。

 「やっぱり、後藤だよな。これだもん」

 「な、何よ、人聞きが悪いわね。ちゃんと

考えるって!」

 あわてて、鳴美がとりつくろう。その横か

ら美貴が言った。

 「えーと、この学校の怪談について取材す

るのはいいけど、みんなはよく知ってるのか

しら。例えば、どんなのがあるとか」

 「そういうのはまかしてよ。七不思議ぐら

いは、ちゃんと知ってるから」

 鳴美が胸をドンとたたいて、言う。

 「じゃあ、問題になってる『夜の王様』っ

ていうのは、どういうのなの?」

 「え?えーと、夜の学校に住んでるお化け

で、幽霊みたいなもの…かな…」

 「何よ、よく知らないんじゃない」

 「そ、そんなことないわよ。ゆ、幽霊…、

幽霊よ。間違いないって!」

 しどろもどろになりながらも、鳴美は言い

切る。美貴はそれを見て、ため息をついた。

 「相手は幽霊だよね。どうやって、そんな

のビデオに撮ったりするのかな?」

 当然の疑問を武が口にした。それを受けて

カメラ担当の裕一が悩むのだった。

 「うーん。そうだな…、どうしよう?」

 裕一もとっさに答えられない。

 「やっぱり、この番組は無理なのかな?」

 武がボソリと言う。それを聞いた鳴美があ

わてて考える。そして、しばらく考えていた

が、急に指をパチンと鳴らすと、裕一の方を

向いて立ち上がった。

 「飯島ってさ、前にお父さんが買ったカメ

ラで自動で写せるやつがあるって、言ってた

じゃない」

 「ああ。赤外線カメラっていうので、よく

野性の動物とかを撮るのに使うんだよ」

 「それって、人がいなくても撮影できるん

だよね?」

 「そりゃ、そのためのカメラだもん」

 「それを夜の学校に仕掛けておくのは、ど

うなのかな?」

 「幽霊は動物じゃないぜ」

 「でも、前に見たテレビでそんなのをやっ

てたわよ。借りてこれないかな?」

 「うーん、どうかなぁ…」

 親のカメラだけに、そう簡単には持ち出せ

ない。それに万が一にも、こわしてしまった

らマズい。そんな気持ちが裕一の頭の中で、

ぶつかりあっていた。

 「飯島だって、お父さんのカメラを一度試

してみたいとか言ってたじゃない。それに心

霊写真だって、撮ってみたいんでしょ。これ

がいい機会よ。正に一石二鳥ってヤツ」

 「…うーん、…わかったよ。とにかく親父

に頼んでみるよ」

 「よしっ。これでカメラのことはオッケー

になったし、バッチリじゃない」

 段々と雰囲気は高まりつつあった。7不思

議のどれから調べるか、などを話し合う鳴美

や裕一の様子を見ながら、美貴は理恵の言葉

を思い出していた。 

 『夜の学校は、生贄をもとめている…』

 そして、あまりのバカらしさに苦笑いを浮

かべてしまうのだった。

         

 「ええっ、本当なの?」

 理恵が顔を真っ青にして、言った。

 夕闇が迫りつつある学校の帰り道である。

 放送部の活動が終わるのを待っていてくれ

た理恵と一緒に、美貴は下校している途中で

あった。

 「う、うん。みんなで話し合った結果なん

だけど、学校の怪談を番組で取材することに

なったのよ」

 理恵の驚きぶりに気押された感じで、美貴

が答える。

 「ダ、駄目よっ! 絶対に駄目っっ!」

 理恵が立ち止まって、美貴に叫ぶ。その声

が余りにも大きかったので、道を歩いている

他の人たちが振り返ってしまったほどだ。

 「ちょ、ちょっと理恵。どうしたのよ?」

 美貴もびっくりして、立ち止まる。

 「だ、駄目だったら!お願いよ!」

 なおも理恵は叫んだ。目に少し涙を浮かべ

て、何かにおびえている感じだった。

 「理恵ったら、落ちついてよ」

 周りの人たちの視線が気になって、もう少

し声を小さくするように手で合図しながら、

美貴が理恵に言う。理恵も道の真ん中だと気

づいて、気持ちを少し落ちつかせた。

 「今の学校はとっても危険なのよ。誰かを

つかまえたくて、すごく興奮しているの」

 「どうして、そんな事が言えるのよ?」

 「美貴にはわからないの?」

 「何をよ?」

 「学校中に漂っているイヤな気配をよ。耳

元で騒いでいるように聞こえる不気味なザワ

めきや、夕暮れが近づくにつれて高まってい

く悪意を、美貴は感じないの?」

 他の人が聞いたら、何を言っているのかと

思ってしまうような言葉だが、理恵の表情は

あくまでも真剣であり、別にふざけているよ

うな様子は少しもない。

 「そ、そんなの感じるはずないじゃない」

 「本当なのよ。さっきだって、校門の所で

『待っている』と聞こえたわ。誰でもいいか

ら、遊び相手を捕まえたくてウズウズしてい

るのが、すごく分かったのよ」

 「理恵ったら、またそういうこと言う。変

なことを言ったら、ダメだって…」

 「お願いだから、マジメに聞いてよ。夜の

学校はとっても危険なんだから…!」

  「……」

  「夜の王様のお城に誰も入ってはいけない

のよっ!」

 「理恵…」

 美貴は理恵を見ながら、そっとため息をつ

くのだった。

 

 そう…。理恵は昔から少し変わっていた。

 何がという訳ではないが、いつもおびえて

いるようなところがあった。子供にありがち

なこわがりなのかもしれないが、それは理恵

の場合、ちょっと違っていたような感じがす

る。幼なじみだった美貴には、そういう理恵

との思い出がいくつもあった。

 幼稚園の頃だっただろうか…。二人で公園

で遊んでいると、理恵が不意に言った。

 「あの子って、いつも一人なんだね」

 「え?誰のことを言ってるの?」

 美貴が不思議に思ったのは当たり前のこと

である。何しろ、その時に公園で遊んでいた

のは美貴と理恵の二人しかいなかったのだか

ら。しかし、理恵はキョトンとした顔で、ブ

ランコの方を指さした。

 「あそこにいる男の子よ」

 理恵の指さす先には、ブランコがあるだけ

で誰もいなかった。

 「何言ってるの?誰もいないじゃない」

 「そんなことないよ。あそこに座ってる男

の子だよ」

 美貴はもう一度見たが、やはりそこには誰

もいない。

 「ねえ、理恵ちゃん。やっぱり誰もいない

よ、からかってるの?」

 そう言って、美貴がムクレたが、理恵の方

はマジメな顔で言う。

 「ほら、いつもああやって、一人で遊んで

いるんだよ。友達いないのかな?」

 「何もいな…!」

 何もいないじゃないの、と言いかけて、美

貴の言葉は止まった。二人の見ている前で、

ゆっくりとブランコが動きはじめたからであ

る。まるで誰かが乗っているかのように、ブ

ランコは揺れている。

 キィィ…。キィィ…。キィィ…。

 鉄のこすれあってきしむ音が、公園の中に

静かに響きわたる。別に風が吹いていたわけ

でもないのに、ブランコは揺れていた…。

 「ほら、遊んでるでしょ」

 そう言った理恵を見て、言いようもない恐

怖を感じた美貴は、一人で家に逃げ帰ってし

まったことがあった。家に帰った後も、耳の

奥でブランコのきしむ音が聞こえている気が

して布団を頭からかぶって震えていた思い出

がある。

 最近になって聞いた話では、昔にあそこの

ブランコで子供が一人死んでいるとのことで

あった。ブランコから落ちたはずみで、頭を

強く打ってしまったせいらしいが、そのかわ

いそうな子供は、男の子だったと聞く…。

 

 小学校2年の時にはこんな事があった。

 学校の帰り道のある交差点で赤信号を待っ

ていた時のことである。

 「美貴ちゃん…」

 「なあに、理恵ちゃん?」

 「あそこ…。地面から、女の人の手が生え

ているよ…」

 いきなりそう言って、理恵は横断歩道の真

ん中を指さした。もちろん、そんなものがあ

るはずもない。普通の道路である。

 「理恵ちゃん…?」

 訳もわからずに理恵の方を見返してしまう

美貴だったが、理恵は道路を見たままだ。

 「ねえ…。こっちに向かって、おいでおい

でしてる…」

 理恵がつぶやく。目は横断歩道の方に向け

られたままであった。

 「理恵ちゃん…」

 美貴はこわかった。確かにその交差点は、

「魔の交差点」と呼ばれていて、交通事故の

やたらと多いことで有名であったけれど…。

 「何で、あんな所に女の人の手が生えてい

るのかなぁ?」

 そう聞いてくる理恵から、美貴は黙ったま

ま目をそらした記憶がある。

 交差点を通りすぎる車の騒音も、街の中に

響くお店のBGMも、道を歩いている人々の

ざわめきも、みんな消えてしまったような気

分がした。ただ…、その中で、そばにあった

電柱の下に置かれていた小さな花束だけが妙

に目にやきついている。まだ小学校の2年生

であった美貴には、その花束がどういう意味

を持っていたのかは分かっていなかった。

 白と黄色の花。普通ならきれいと思うだけ

の花が、妙にこわかった…。

  それだけを美貴は覚えている…。

 

 「……ねえ!美貴ったら、聞いてるの?」

 「え?」

 美貴は遠い記憶への旅から、あわてて呼び

戻された。気づけば、心配そうにのぞきこん

でいる理恵の顔が目の前にあった。

 「う…うん。き、聞いてるよ」

 あわててとりつくろう美貴だった。そんな

様子に理恵はいつになく強い調子で言う。

 「お願いだから、マジメに聞いてね」

 「う…うん」

 「学校の怪談なんて、絶対に取材しちゃダ

メだよ。夜の王様は、本当にいるんだから、

遊び半分で関わったら危ないのよ」

 「で、でも…。そんな理由じゃ、みんなだ

って納得しないよ。理恵こそ、そんな夢みた

いなこと、言ってちゃダメだよ」

 「美貴…、信じてくれないの?」

 理恵が途端に悲しそうな目をする。

 「も…もちろんよ。だって、そんなのおか

しいよ。そう思わない?」

 「何で…?」

 理恵は本当に不思議そうな顔で聞く。その

表情に美貴は一瞬、自分の方がおかしいかと

思ってしまったぐらいだ。

 「だって、変だよ。それなら夜の学校には

誰も入れないってことだよ。テストを作った

りして残っている先生だっているし、見回り

の先生がいる学校もあるよ。その人たちは、

だいじょうぶなの?」

 「それはそうよ。だって、夜の王様が狙っ

ているのは、子供だけだもの」

 理恵は言った。その余りにもあっさりとし

た口調に美貴は呆気にとられると同時に、何

も言えなくなってしまった。

 夜の王様は子供しか、ねらわない?

 何でそうなるのだろう…。夜の王様とは、

一体何なのだろうか?

 美貴の頭の中は疑問でいっぱいになってし

まっていたが、その中から、ようやく一つの

質問を口にすることができた。

 「じゃあ何で、夜の王様っていうのは、ウ

チの学校だけにいるのよ。それとも、七不思

議がある学校には全ているとでも言うの?」

 「そうよ」

 それに対しても、理恵は即座に答える。

 「そ、そうよ…って、やっぱり変だよ。な

ら、夜の王様のことがもっと大騒ぎになって

もいいじゃない。普通なら他の学校でも、事

件が起きているはずじゃない」

 「夜の王様にも、天敵がいるらしいの…」

 「へ?」

 理恵の言葉に美貴が戸惑う。それにかまわ

ず理恵は続けた。

 「ウワサをしている声が聞こえるのよ。そ

の人が来ると、夜の王様も悪さをできなくな

るんだって…」

 「じゃあ、その人も夜の学校にいるの?」

 「うん。まあ、人っていうのも変かもしれ

ないけどね。だって、その子も生きてるわけ

じゃないから…」

 「ゆ、幽霊ってこと。え?そ、それに…、

その子って…、子供の幽霊なの?」

 「うん。学校から学校へと渡り歩く少年の

幽霊がいるみたいなのよ」

 「渡り歩く幽霊…?」

 美貴は、理恵の言葉を繰り返した。

 幽霊にも色々な種類がある。有名なのは、

地縛霊と言って、土地や建物に憑いている幽

霊である。この地縛霊の場合は、その土地で

死んだり、あるいはその場所に対する強い思

いが残ってしまっているために、そこから抜

け出せなくなってしまったのである。また、

その強い思いのために、そこに近づく人に対

して害を加えようとしてしまうのも、地縛霊

の特徴と言えるだろう。この地縛霊の一種な

のが「渡り歩く幽霊」である。

 「渡り歩く幽霊」は、ある特定の建物など

にとりついている幽霊である。それは駅だっ

たり、自動車であったりと様々である。

 「青いリュックの旅人」と呼ばれている幽

霊は、日本中の駅で目撃されている幽霊であ

る。これは、駅から駅へと旅をする男の人の

幽霊であり、生きている時はとても旅が好き

だったらしい。旅をしている途中で亡くなっ

てしまったので、その強い思いに縛られて、

死んでからも駅から駅へと渡り歩いていると

のことである。

 「赤いスカイラインに乗る女」と呼ばれて

いる幽霊は、自動車にとりつく幽霊だ。この

幽霊は、恋人とドライブしている途中で事故

にあって亡くなってしまったらしい。それか

らというもの、事故の時に乗っていた赤いス

カイラインを見つけると、助手席に乗ってき

てしまうと言われている。

 いずれも特定の場所や物だけを渡り歩く幽

霊なのである。

 恐らくは理恵が言っている少年の幽霊もそ

ういう種類の幽霊なのだろう。

 もちろん、美貴がそんなに幽霊のことに詳

しいはずもなく、学校を渡り歩く幽霊と言わ

れても、あまりピンとはこなかった。

 「よくわからないけど…、何で、その少年

の幽霊は学校に現れるの?」

 美貴が聞くと、理恵はちょっと言いにくそ

うな顔を見せた。そして、ちょっと静か目の

口調で言った。

 「それは昔、小学校で自殺してしまった子

供の幽霊だから…」

 二人の間に沈黙がおとずれた。小学校で自

殺をしてしまった子供が幽霊となって、学校

から学校へと渡り歩いているという内容が、

なんとなく重苦しい雰囲気を二人の間に生み

出してしまったのである。

 その雰囲気を断ち切ったのは美貴だった。

 「やっぱり変だよ。なんか、話が出来すぎ

てるって感じがするよ」

 意識して、明るい感じで言う美貴だった。

 「え…、でも…」

 「ねえ、理恵。夜の王様は子供しかねらわ

ない。夜の王様はどこの学校にもいる。それ

でもウワサにならないのは、天敵である少年

の幽霊がいるから。その少年は昔に小学校で

自殺したので、学校から学校から渡り歩いて

いる。…ということなんでしょ?」

 「う、うん」

 「なんか、つじつまの合わないことを一生

懸命に合わせているような感じがするよ。誰

かが怪談を作って、それに色々とくっつけて

いったような気がしない?」

 「そんなことないよ…」

 「そんなことあるよ。例えばテレビゲーム

で、トラブルにぶつかると、必ずクリアする

方法が用意されているようなものでさ。たぶ

ん、そういう感じの作り話だと思うよ」

 美貴がそう言うと、理恵はまた哀しそうな

表情をした。

 「美貴は…、あたしのこと、ウソつきだと

思っているの?」

 「そ、そんなこと思ってないよ。思ってな

いけど…」

 そこから先を、美貴は言わなかった…。

 『いつまでも夢みたいなことを言ってちゃ

ダメだよ。幽霊だとか、妖精だとか、そうい

う夢見がちなことを女の子は誰でも好きだけ

ど、そればっかりを信じていたら、何も出来

なくなってしまうよ。現実をしっかりと見な

くちゃ。ほら、よく見てごらんよ、そこには

何もいないでしょ…』

 そう言いたかった。でも、今の理恵にそれ

を言ったところで、彼女は納得してくれない

だろう。そんな気がした。だったら…。

 「ねえ、理恵。私、やっぱり今度の番組は

学校の怪談でいくよ」

 美貴が言うと、理恵が驚いた。

 「何で?危ないって、言ってるのに…」

 「理恵のためだよ。この取材をすることで

ハッキリとしてしまいたいのよ。夜の王様な

んてものはいないってことを。夜の学校はた

だの建物であって、何も怖がることはないっ

てことをね。そうすれば、きっと…」

 理恵も分かってくれるはずよ…。という言

葉を美貴は飲み込んだ。それを今言う必要は

ないからだ。全てが明らかになってしまえば

自然とそうなるはずなのだから。

 「わかったわ、美貴…」

 理恵はすごく青ざめた顔をして、そうつぶ

やいた。その表情を美貴は、自分を信じても

らえなかったことに対する不満だと美貴は思

っていた。だが、理恵は本気で美貴のことを

心配していたのだった。

 何か、よくないことが起きなければいいけ

れど…。

 そんな理恵の心を美貴が知るのに、これか

らそう時間のかかることではなかった…。

 

                                      つづく