学校怪談

「夜の王様」

 

第六章「美貴の決意」

 

 さわやかな朝日を受けて輝く緑ヶ丘小学校

に、朝の予鈴が鳴った。職員室から先生が来

るのに合わせて、生徒たちがあわてて教室へ

と駆け込んでいく。

 6年4組の教室でも、バタバタと生徒たち

が席へと戻る。その中で美貴は、裕一がまだ

来ていないことに気がついていた。

 「飯島くんは今日、休み?」

 近くの席にいる裕一と仲の良い男子に聞い

てみる。

 「知らないよ。そうじゃないと思うけど」

 男子はそう答えて、別の男子と話しはじめ

る。裕一がいるはずの席に目を戻した美貴は

小さな不安の芽が、心の奥に生まれるのを感

じた。

 ガラリとドアが開いて、担任の先生が入っ

てきたのを見て、その芽が少しずつ育つ。

 担任の水口先生は26歳の女性教師であり、

ショートヘアの似合うスポーツが大好きな先

生だ。いつもなら明るい笑顔で元気良く教室

に入ってくる彼女が、今日に限っては、ひど

くやつれた顔をしていたのだった。

 そして、ホームルームが始まってからの先

生の言葉は、美貴の不安にとどめをさした。

 「飯島裕一くんが、昨日から家に帰ってい

ません。何か心あたりのある人は、ささいな

事でもいいから、先生まで知らせて下さい」

 ざわめきたつ生徒たち。この前に鳴美の事

件があったばかりなのに、今度は裕一がいな

くなったのだ。続けざまに自分のクラスの生

徒に問題が起きてしまった水口先生のやつれ

ぶりも当然である。

  生徒たちも、騒然としている。

 美貴は蒼い顔で振り向き、後方の席にいる

理恵を見た。理恵も蒼い顔で美貴を見つめて

いた。昨日の下校時刻まで、裕一と一緒にい

た二人である。あの後に、裕一の身に何かが

起こったことは察しがつく。

 あの後、裕一はどうしたのだろうか?

 彼は忘れ物を取りに行く、と言っていた。

 どこに?

 それは音楽室だ。音楽室…。

 美貴の中で、不安が一気にふくれあがる。

 「まさか…ね…」

 美貴は小さくつぶやくのだった…。

 

 2時間目と3時間目の間にある20分休み。

 美貴は理恵を誘って、人があまりいない体

育館の陰にいた。

 体育館に続くコンクリートの短い階段に腰

をおろして、美貴は言った。

 「理恵はどう思う?」

 「どう…って?」

 理恵も美貴の横に腰を下ろす。

 「飯島くんのことよ」

 「……」

 「私たちと分かれてから、彼は音楽室に戻

ったでしょ。その時、何か変なこととか、気

づいたことはなかった?」

 「変な人がいたとか、そういうこと?」

 「そう。あの後に、何かが起きたのよ。た

ぶん、それが分かれば鳴美の事件のことも分

かると思うの」

 「……」

 「何か見た?、聞いたでもいいわ」

 「……」

 「ねえ、理恵…」

 「分かっても、無駄だと思う…」

 美貴の続けざまの質問攻めの果てに、理恵

が言ったのは、それだけだった。

 「どうしてよ?」

 一生懸命になっているのに無駄と言われ、

美貴の口調にやや怒気がこもる。

 「美貴だって、分かってるでしょ?」

 「何を?」

 「飯島くんは、夜の王様に捕まってしまっ

たのよ。もう助けられないわ」

 理恵は哀しそうに目をふせた。

 「冗談言わないでよっ!」

 理恵の態度に、ついに美貴はプチッときれ

た。立ち上がって、理恵をにらみつける。

 「いつもいつも、夜の王様、夜の王様って

そればっかり。いいかげんにしてよ!」

 「美貴…」

 「どこにそんなのがいるのよ。飯島くんが

実際に行方不明になってしまっているのよ、

もっと真面目に考えてよ!」

 怒鳴られて、理恵は美貴を見つめ返す。

 「美貴。私たちが帰った時、飯島くんは音

楽室に戻ったのよね?」

 「そうよ」

 「と言うよりは、学校の中に戻ってしまっ

たのよね?」

 「当たり前でしょ。それがどうしたの?」

 美貴はイライラとしていた。それに対し、

むしろ落ちついた感じで理恵は続ける。

 「下校のチャイムが鳴ったのだから、もう

あの時は午後4時半を回るところだった。つ

まり、もう夕方だったの」

 「それで?」

 「夕暮れは夜の入口…。そして、夜の訪れ

は学校を、夜の王様の城へと変える…」

 「ちょっと、理恵!」

 「夜の学校へと足を踏み入れた者は、生き

て帰ることはできないのよ」

 「理恵っ!」

 パアァン、と理恵の頬が鳴った。

  美貴が平手でたたいたのであった。

  沈黙が二人の間におりた。

  その中でハァハァという美貴の息づかいだ

けが聞こえる。

 たたいたままの姿勢でにらみつける美貴。

 頬を赤くして横を向いた理恵の顔がゆっく

りと戻る。その目には、うっすらと涙がにじ

んでいた。

 「美貴…。私だって、飯島くんのことは心

配しているわ。でも、どうしようもないの」

 理恵が涙声で言う。美貴の手がゆっくりと

下りていった。

 「美貴だって、少しは感じてるでしょ。鳴

美ちゃんの時も、飯島くんの時も、全ては学

校の中で起こっているのよ。その場所は全部

が『緑ヶ丘小7不思議』に関係しているとこ

ろばかりじゃない」

 「……」

 「しかも、事件が起こったのは、放送部が

7不思議を調べようとして、あえてその場所

に踏み入れるようになってからよ」

 「だからなのよ!」

 美貴が叫んだ。

 「だからなのよ…。私がこの取材を許可し

なければ、こんな事件は起きなかったはずな

のよ。もっと反対するべきだったの」

 「美貴の責任じゃないわよ」

 「ううん…。もっと反対するべきだったの

よ。でも、起きてしまった以上は、何として

も飯島くんを探し出さなきゃいけないの!」

 「美貴…」

 「あきらめるのは、簡単よ。後悔するのも

楽なことだわ。でもね…、反省しても、飯島

くんを見つけることは出来ない。反省よりも

先に、やらなければいけないことをやるべき

だと思わない?」

 「……」

 「そして、やらなければならないことは、

飯島くんを捜し出すことよ」

 美貴の目にも涙が光る。それを見て、理恵

もつらかった。

 「美貴の気持ちはわかるけど、相手は夜の

王様なのよ。助けるのは…」

 「だったら、夜の王様に会うまでよ」

 「美貴!」

 思わず、理恵が声を上げる。

 「私は理恵みたいに、不思議な声を聞くこ

とも出来ないし、まだ信じられない。でも、

それしか手掛かりがないのなら、調べてみる

しかないわよ。理恵が危険だと言う『夜の学

校』に残ってね…!」

 「ダメよ、絶対にダメ!」

 理恵が必死に止める。だが、美貴の気持ち

は固まっていた。

 「今日の放課後、私は学校に残る」

 「お願いだから、美貴…。そんなバカな考

えを持つのはやめて…」

 「バカじゃないわ。それより、理恵は飯島

くんを助けたいとは思わないの?」

 「それとこれとは、話が別よ。私は美貴の

ことを心配しているのよ!」

 理恵の言うことは正しい。美貴の聞いたこ

とは、また別のことであり、理恵の気持ちは

十分すぎるほど伝わってくる。

 「ゴメン…。理恵が飯島くんのことを心配

してない訳がないものね。私のことを気づか

ってくれるのも分かるわ。でも、これだけは

どうしても、やらなきゃいけないのよ」

 「美貴…」

 「それに悪いけど、私は夜の王様のことな

んて信じてないの。だから、もし夕方に残っ

て、何も起きなかったら、理恵だって二度と

怯えなくて済むでしょ。夜の王様なんて、い

ないことが分かるから…」

 理恵は何も答えなかった。ちょっとイヤみ

だったかな、と思って、美貴は加えた。

 「あるいは私が鈍感すぎて、気づかないだ

けかもしれないけどね」

 そう言って、笑う美貴。だが、理恵は真剣

な表情で言った。

 「だったら、私も残るわ」

 「ちょっと、理恵。私が信じなかったのが

気にさわったのなら、謝るわ」

 美貴はあわてたが、理恵は首を振った。

 「そうじゃないの。今、言ったでしょ。も

しかしたら、鈍感すぎて気づかないかもしれ

ないって」

 「うん」

 「そんな人が夜の学校に入ったら、間違い

なく戻れなくなっちゃう。だから、ついてい

くのよ」

 「理恵…」

 美貴が理恵の手を、握りしめる。それを見

て、理恵は微笑んだ。

 「でもね、美貴。その代わり、私が絶対に

危ないと言ったら、すぐに学校から逃げるの

よ。これだけは約束して…」

 「うん、約束するわ」

 美貴は微笑むと、さらにギュッと理恵の手

を握りしめるのだった。

 

                            つづく