この感想文はパソコン通信「NiftyServe」上のFCLA(音楽フォーラム・クラシック)10番会議室(CD感想の部屋)において98/08/31に「Y.Kさん」が「今日聴いたCD(98/08/30)」のタイトルで投稿発言されたものです。
とても分かり易く明快に 演奏に言及されているのに驚きました。
今回は特に「Y.Kさん」に私からお願いをして 「ブル9ページ」への掲載を了解していただきました。
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先日来,チェリビダッケのブルックナーを聴き続けており,今度は9番を聴きました。
この演奏は,チェリビダッケ生涯最後のブルックナー演奏だったのだそうです。
聴いてみると,音質の優秀なことに驚かされます,ピアニシモからフォルテッシモまでを余裕を持って収録できており,器の大きさを感じる録音です。また,演奏の細かいところまで明瞭に捉えられており,細部にこだわるチェリの意図の隅々まで聴き取れるかのようです。
演奏についてもおそらく,チェリビダッケの意図が隅々まで浸透した,非常に彫りの深い,雄大な演奏を聴かせます。そして,聴いていてなにかとてつもない偉大な演奏に立ち会っているという畏怖の念すら感じます。
そんなわけで,この9番の演奏はこのCDセット最大の聴き物なのかもしれませんが,私自身がこの録音に満足したかというと,実は不満が残りました。
まず演奏ですが,他のチェリビダッケの演奏にも増して,隅々まで行き届いた高度な演奏になっていることには異論はないものの,その高度さとは裏腹に,精神面での退行を感じてしまいました。
その退行というのは,よりよい演奏をしようとする意識が技術に寄りかかってしまったのではないかと言うことが1つで,1979年以来ミュンヘンフィルを指揮してきて,ようやくここまで高度な演奏ができるようになったゆえのこととは思うんですが,そこで謙虚さを忘
れてしまったような気がしてなりません。
それから,これも関連することなんですが,チェリビダッケの優れた演奏を聴くと,聴衆との時空の共有の中にあって技術云々とか,日常感覚を超えた崇高な瞬間を聞き取ることができるのですが,これも感じられませんでした。もしかすると,チェリビダッケが満足してしまったがためにこのようなことになってしまったのかもしれません。
音質についても,通常の感覚からすれば,これ以上はないほどの優秀録音なんですが,元々の演奏がそうだったからなのかどうか,即物的で感動が伝わりません。別の言い方をすれば,雰囲気がばっさり切り落とされているという感じがします。
チェリビダッケのブル9は海賊盤で聴いていたときはもっと感動していたはずだと思い,改めて聴いてみました。聴いてみたのはいずれもミュンヘンフィルとのものです。
1 AUDIOR AUDSE 511〜2
2 EXCLUSIVE EX92T23〜4 <1981.10.8>
3 AUDIOR AUDSE 520〜1
聴いてみると,1と2は同じ演奏です。音質は1の方が良好なので,こちらを聴いた印象で述べたいと思います。3は演奏データ不明ですが,チェリビダッケの演奏記録によると,1986年3月21日か1991年3月15日のどちらかかもしれません。
まず1ですが,ストレートで切れ味のあるすっきりした演奏になっていて,シュトゥットガルト放送響との演奏のような印象があります。ミュンヘンフィルとあまり年月を重ねていない時期の演奏だからでしょうか。ブラインドテストで聴かされたらシュトゥットガルトとの演奏だと言ってしまいそうです。この演奏はエモーションと豊かな流れが程良く同居していて,これはこれで聴き応えのある名演です。録音もおそらくエアチェックと思われ,ヒスノイズも多いのですが,雰囲気は良く捉えられていると思います。
3はというと,後年のチェリビダッケ&ミュンヘンフィルならではの,絶妙な響きと滔々たる流れの演奏で,聴いていて,心地よい耳の快楽と精神的充足感を感じることができます。私はこういう演奏を聴くのがチェリビダッケを聴く醍醐味の1つと思っているので,この録音には賛辞を惜しまないところですが,なお難を言えば,この演奏で聴ける精神的充足感は,チェリビダッケの最高の演奏と比較すると,わずかに聴き劣りがするように感じるのも事実です。音質もこの演奏の特質を見事に捉えたもので,私には大きな不満はありません。
そんなわけで,EMI盤のブル9は,演奏,録音の両面において,海賊盤を大きく凌ぐ高度な出来映えであるはずなのに,少なくとも私が聴いて感じる充足感となると,海賊盤には及ばないような気がします。
私はこのCD感想を書くために,2日がかりでEMI盤と海賊盤を繰り返し聴きましたが,結論として,このブル9は海賊盤を駆逐できる出来映えではないと言わざるを得ないと思います。
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私はチェリビダッケについて 詳しい訳ではないので「Y.Kさん」の内容は貴重な意見です。
今回 私の無理なお願いに対し、快く了承してくださった「Y.Kさん」に感謝いたします。
今後ともよろしくお願い申し上げます。