「IF・・・・」

「地球の始まり」

 それは神が投げた一粒の種だった。
 真空に投げられた樹木の種はやがて芽を出し、長く短い時を経て大木となった。素晴らしく生い茂ったたくさんの葉は、太陽から光と熱を受け酸素をつくり出す。種子は風によって運ばれ方々に森ができる。使命を終えた葉は落ち、広大な大地の源となる。大地より蒸発した水分は、雨となり地を潤し、その繰り返しによってついに海を生んだ。

 まだ、人間の存在が想像もできなかったほど遥か昔のことである。
 その頃クジラは陸にいた。彼らは霞を食べて生きていた。身体が重く獲物を追うのが非常に困難であった為に弱肉強食の世界から外されてしまったのだ。
 クジラは海に憧れた。もしも自分にスイマーとしての能力があるならば、毎日の空腹や、もはや持病となっている慢性腰痛から逃れることが出来るのに・・・と。
 いつしか神は、悲し気に海を見つめるクジラに同情を覚え、考え込むようになった。『もしかすると、わたしはクジラの環境設定を間違ってしまったのかもしれない。どうにかしてやらねばいかんな・・・』そんなことを考えていた矢先、クジラがいつになく素早い動きを見せた。いつも海を眺めていた絶壁から、目の前に広がる海へと身を投げたのだ。クジラの大きな身体は、、まるで空を泳ぐように落ちていき、ものすごい音と水しぶきを上げて沈んでいった。
 しばしの沈黙。あっという間の出来事で、神は手を差し伸べる事さえ叶わなかった。『何故もっと早く彼の求めている世界に適応させてやらなかったのだろう。』神は嘆いた。しかしその嘆きも沈むクジラには届かない。
 深く反省した神は、海を眺めるクジラに一匹ずつ術をかけた。自由に水中を泳ぎまわれるように、そして空腹を感じることのないようにと主食としてプランクトンを与えた。

 現在、クジラは海の王者として世界中に君臨している。海から海へと移動し、巨体を余すことなく振る舞っている姿は人々の目を楽しませるばかりでなく深い感動を与える。しかしその影には哀れなクジラの物語があったことを、心の引き出しにしまっておいて欲しい。

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