日本への「風水」伝来が8世紀頃というのが大方の歴史家の定説となっております。
 当時造られた長岡京や平城京、平安京などの建築様式に「風水建築」が確認されているからです。
 
 江戸時代になって、天海聖人が風水を駆使して江戸城を建設し、江戸城から方位的に鬼門にあたる東北東の位置(栃木県)に東照宮を築いたという話は有名です。



 個人的な見解ですが、日本への「風水」の伝播は教科書よりもっと早い時期に、それも天皇族によってもたらされたのでは、と推測します。
 中国で3世紀に「風水」が完成したと仮定すれば、4世紀までに日本へもたらされる事は不可能でしょうか。

 もし、4世紀に日本へ伝わったとするなら、東京大学名誉教授の江上波夫先生の「騎馬民族国家」と符号が一致することになります。つまり、朝鮮半島を経由して「倭」国へ攻め込んだ騎馬民族の中に「風水師」が軍師として加わっていたことが予想されます。

 地形を読み、羅針盤で方位を探り、天候と風向きを読むことの出来る風水師は、当時の「軍団」にとって貴重な戦力だと思われます。



 この事を予測させる一つの出来事が、今年の3月に奈良県明日香村のキトラ古墳で発見された「四神獣(青竜・百虎・玄武・朱雀)」の壁画です。
 
 ただし、キトラ古墳の造営は学者の予測では7世紀頃との判断ですので、なお200年の空白を埋めることは出来ません。
ただ今後の課題として、4〜5世紀の古墳を調査することが出来る時代になれば、「風水」の伝来に関しても明らかになると考えます。