0日目 8月23日(日) 晴

今日より瀬戸内へと出張である。昼前にヨコハマを出発し、
新幹線をぶっ飛ばして1920頃に造船会社の独身寮へ到着する。
各部屋は10畳ぐらいあり、空調完備、家具も一式がそろっている。さすが東証一部の一流企業。
あちこちにやたらと、「節電・節水にご協力を」との貼り紙がある。・・・さすが万年不況の造船会社。


1日目 8月24日(月) 晴

工場全景

これから2週間お世話になる工場である。
写真中央のドックでタンカーを建造中。

広くて暑くてむさい、まさに男の職場と言えよう。


午前中、会社の紹介ビデオを見る。寒い。
何故こんなに冷房が効いているのだ。
この疑問は、午後には解消することになる。

工場の壁に、工場の夏祭のポスターが貼ってある。
イラストとして描いてある女の子は、あかりちゃんである。それも崎じゃなくて神岸あかりである。
わたしはそこに、日本の恐るべき造船力を感じたのであった。

午後、作業着に着替える。なっぱ服という奴である。
学生どもは、「戦闘服じゃぁ。」とか言って笑っていた。
生地が厚いので暑い。とにかく暑い。塩でも舐めんとやってられん、という暑さである。
でも、翌日からは、もっとすごい思いをするのであった。


2日目 8月25日(火) 晴

朝から溶接の練習である。
ちなみにこの時の我々の格好は、作業着・命綱・ヘルメット・作業用手袋・脚半・軍足・遮光眼鏡(要するにサングラス)・安全靴(爪先に鉄板入り)・防塵マスク(クロトワやクシャナ殿下がしてるような奴)・耳栓(騒音もひどいが、耳の穴に溶接火花を入れないため)・首に巻いたタオル(汗拭き用じゃなくて、首に火花とかを入れないため)・そして、溶接面(溶接というとイメージするアレよ)である。
五感はすべて弱まっている。動きにくい。とても暑い。

初めての、ガス切断&アーク溶接。
皆さんご承知のように鉄は1500℃位で溶ける。よって、大概3000℃位で熱して加工するんである。
暑いなんてぇもんでなくて、熱いんである。
ええかげん体が順応してきて、汗がだくだく出るだけで体は暑くなくなる。
溶接を終わって外に出ると、海風が心地よく涼しかった。ちなみにこの日、現地の最高気温は33℃。

溶接する前に聞いた話。
「おまえら、火花見つめちゃいけんぞぉ。目玉焼きが出来るけぇのぉ。」とか
「コンタクトしちょらんなぁ?アメリカで、コンタクトしたまま溶接して、 帰ってきてレンズはずしよったら、取れたんじゃぁ角膜ごと。」とか。


3日目 8月26日(水) 晴

朝から定盤のネジ磨き。
定盤と言うのは要するに、直径80ミリ、長さ1500ミリくらいの、床から生えた化け物みたいなネジの林である。ネジを回してその先っちょでちょうど良い曲面を作り、ひん曲げた鉄板を上に乗せてそいつを溶接したりするんである。
私の使命は、このネジをワイヤブラシで磨き、キカイ油を塗ることにある。
お昼ご飯までの間、ひたすら鉄粉と油にまみれて働いた。
即ち、ヘルメットのてっぺんから安全靴の先っちょまで真っ黒となった。
「お〜まっ黒じゃ、よぉけ汚れたのぉ。顔洗ってけぇや。」おっちゃんがえらい嬉しそうである。
帰ったら、鼻くそどころか耳くそまでがまっ黒であった。


4日目 8月27日(木) 晴のちきつねの嫁入り

午後はグラビティ溶接というのをやった。要するに重力を利用した、半自動溶接である。
暑いの暑くないのって、暑いかどうか分からなくなるくらい暑い。
脱水症状気味に頭がぽ〜っとしてした時、手首が溶接機の先端に触れた。
火傷である。余りに熱かったので、表面は焦げたが中はレア気味に平気である。
暑さで呆けてるとはいえ、おいしそうなにおいだ、と思う自分が恐い。

「すごいのぉ、わしらの溶接したもんが、船になるんじゃからのぅ。」
「…この船は、危ないのぅ。」
「(検閲済:石油会社名)め、ええ気味よ。」

アフター5に会社の生協でアフタヌーン今月号を購入する。
買ってる私も愚かだが、何故工場の生協に置いてあるのだ。再び我が邦が世界に誇る造船力を肌で感じてしまったのであった。


5日目 8月28日(金) 晴

朝から船体ブロック内の掃除であった。
掃除、と言っても大儀ぃ作業である。落ちてる屑は総鋼鉄製なのだ。
空中を舞う埃が、光が天井から射し込む道筋を示している。その埃も全て鋼鉄製であることを思い出し、慌ててマスクを付ける。
作業中、汗が口に入ると鉄の味がした。血かと思った位である。
「こりゃぁ工場のおっちゃんは鉄分が良ぉけ足りるのぉ。」
「駄目じゃぁ全部肺に入りよるけぇ。」


6日目 8月29日(土) 晴

工場はお休み。一日中近くの大都市をふらふらした後、例の夏祭りに行く。
船体ブロック置き場の一部を片付け、進水式用の飾りを付けて会場にしてある。
広い。普通の体育館にして2つか3つ分くらいのスペースがあったろうか。
しかし会場は人で埋まっていて、座る場所もなかった。要するにおっちゃんが家族を連れてきて鯨の如く酒を飲む日のようだ。

工場では日々の作業がなかなかに大変なので、ほとんどのおっちゃんが酒と煙草を欠かさない。
私もここ毎日、ビール1本を含む飲み物2リットル、煙草約1箱を摂取している。
ついでに言うと労働のおかげか、体重が1日1キロずつ減っているのである。
「・・・大学行っといてよかったのぅ。」
「じゃの。」
うふ。

みんな酔っ払って訳分からんのを良いことに、例のポスターをぶんどってきた。


7日目 8月30日(日) 晴

それにしても、会社がない日がこんなに嬉しいものとは思わなかった。
休日というものは実に良いものであるな。
そういう訳で、計画どおり海上自衛隊の基地の偵察に行った。

海上自衛隊

本日の偵察写真。
練習艦とか掃海母艦とかのマニアックなフネが多く入港していて、
キワモノ好きの藤原は大喜びであった。


島からの帰りの船で船酔いを起こす。船の設計に根本的な問題があるようだ。
我が持てる造船力の全てをぶつけて激怒しようかとも思ったが、噴き上がる血の気と共に込み上げてくる何かを感じてやめる。


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