進水式見物記

石川島播磨重工(以下IHI)という会社は、東京第一工場(以下東一工場)という工場を持っている。
要するに造船所であり、中小型船や艦艇(海上自衛隊と海上保安庁のフネ)を造っている。
場所は、東京都江東区の豊洲にある。
「豊洲」という地名に聞き覚えのある方もおありだろう。
そう。工場の南には有明埋め立て地が広がっており、「あの」東京国際展示場まで、3kmも歩けばOK。・・・何てナイスな立地条件なんだ!
注1:
「俺はIHIに行って護衛艦を造るのじゃぁっ!」と藤原が日々熱く語っている理由には、
その辺りも2%くらい含まれているらしい。
注2:
一般の人が驚くのは、「銀座までタクシーで10分」というあたりであるらしい。
東一工場位置

矢印の先がIHI東一工場の位置を示す。
なお、この図は「コミックマーケット55カタログ」
という本から無断転載したものである。(笑)



98年9月24日、この日は朝から良い天気であった。
この日藤原は、IHI東一工場で行われる『むらさめ』級の護衛艦の進水式に参列する事になっていた。進水式を生で見るのは生まれて始めてである。
列車を乗り継いで、計算通りの時間に工場にたどり着く。夏と冬が来るたびに使うルートだけに、当然と言えば当然ではある。
ここで船の進水について、簡単に説明しよう。
東一工場のような工場では、フネの船体を船台というトコロで造る。
船台というのは要するに、海面に向かって緩やかに傾斜(3度くらい)したスロープである。
この上で海に船尾を向けて船体を造って行き、「もうよかんべ。」というところまで出来たら滑り止めを外し、船体を海に滑りおろして海面へと浮かべるのである。
人間で言うと誕生にあたる事から、進水式として盛大に行われる。
一番の見どころは、支綱(船体が滑り出すのを止めている最後の一本のワイヤーロープ)を斧で切断し、船体が海へ滑り出す瞬間である。
大昔は、時々失敗して船体がひっくり返って死人が出たりしたらしい。
逆に、滑り出さないのでその場で解体された船もあったらしい。
さて、私は進水式の行われる第一船台へとやって来た。
あたりは紅白の幔幕で飾り立てられており、関係者の皆様やら見学者の方々やらでごった返している。
一番良い場所には某A庁の偉いサンたちが占領しているので、人込みを押し分け押し除け、二番目に良さそうなあたりに陣取った。鋭く切り立った艦首を、横から見上げる位置であった。
「むらさめ」級は、海上自衛隊の汎用護衛艦である。
汎用護衛艦というのは、「そこそこの大きさで大概の事は出来て、それなりに安くて数が揃えられる護衛艦」という感じのフネである。
私の目の前にいるのはその6番艦であり、「『さみだれ』と命名されるらしい。」、とIHIに内定している先輩から聞いていた。
戦前だと、特高がお宅にお邪魔するような重大情報である。
むらさめ

『むらさめ』級一番艦、『むらさめ』。
基準排水量 4400トン、速力 30ノット(時速にして約56km)である。
現在、『さみだれ』を含む同型艦が多数建造されつつある。
この写真はIHI東一工場のパンフから無断転載している。



かくして進水式典が始まった。
国歌斉唱。
聞こえない。
自衛隊の皆様は、国歌をあまりお好きでないようだ。
偉い人の挨拶が、だらだらと終わり、
「浜田防衛政務次官殿により、本艦の命名が行われます。」とのアナウンスが入った。
何でも、次官殿はハマコーの息子だという事だった。
「あれ、長官が来るんじゃないんだ。」
「今日は検察にいるから来られないんじゃない?」

壇上に上がったハマコーJr.は、緊張した面持ちで命名文を読み上げる。
「ほっ本艦を、さみっ、さみだれっと命名するっ。」
・・・盛大にとちりやがった。

失笑が漏れる中、『さみっさみだれ』『さみだれ』では、艦首のプレートを覆っていた幕が巻き上げられ、その下のプレートに書かれた艦名が、白日の下に姿をあらわしていた。
「護衛鑑 さみだれ」と書いてある。
うん、『さみだれ』、だよね・・・。
・・・・
・・・
護衛『鑑』ってなんじゃぁ!『鑑』てのはぁ!何じゃぁIHIじゃ、カガミ作ってるのかぁ?
注:
この後で工場長さん(うちの学科OB)が語ったところによると、
「最近防衛庁が金払い悪いからよ〜、金払え、ってことで書いといたんだよ〜。
てのは嘘。プレート発注したときに間違えたかもしれない。」
という事であった。
二重の間違いで失笑が爆笑に変わる中、
「これより進水を行います。」とのアナウンスが入った。
進水の直前作業が始まり、盤木(ばんぎ:最後から二番目の支え)が外されてゆく・・・
作業員が大きく緑の旗を振ったとき、『さみだれ』の船体が滑り出すのを食い止めるものは、ただ一本のワイヤーを残すのみとなっていた。

「支綱切断。」アナウンス。
同時に、「ガンッ。」という、斧でワイヤーを叩っ切る音。
軍楽隊の『軍艦マーチ』の合奏が始まる。
船体が自らの重みで海へと滑り出す。
艦首に付けられた薬玉が弾け、中から鳩が飛びたち、紙テープの花が咲き、紙吹雪が舞い散る。
「ガラガラガラガラガラガラ・・・」
船体が、轟音を上げて海へと突っ込んで行く。
海面が泡立ち、しぶきが上がり・・・
気が付いたときには、『さみだれ』は東京湾に浮かんでいた。
港内の船が、新しいフネの誕生を祝う汽笛を鳴らしていた。

古くから、進水式での出来事はその船の一生を決める、と言われてきた。
「『さみだれ』は、どういう一生を送るのだろう・・・。」
「お笑い街道、だな。」

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