BlueLine_2
Last update : 2000.11/07
アドミラルティ係数に関する一妄察
BlueLine_1
本稿の目的かい。
アドミラルティ係数という係数は、 艦艇研究家の間ではそれなりに知名度の高い存在だと思います。 しかしながら、その割には物理的意味ですとか、 性能との関わりとかいった面については いま一つ知られていないような印象を受けます。
存在そのものが19世紀の遺物なせいでしょうか。 いささか気の毒です。
そこで、少しばかり数式相手に妄想して、 「アドミラルティ係数は推進係数と抵抗係数との比に比例するのだ」 ということを主張してみたいと思います。
興味をお持ちになったお暇な方、 本駄文をお読みになる労力と時間は無駄になることが確定済み なんですが、それでも宜しければおひとつお付き合い下さい。


アドミラルティ係数とは。
いきなりですが堀元美氏の「駆逐艦 その技術的回顧」 P52から引用しますと、

「アドミラルティ(Admiralty)とはイギリス海軍省のことだが、 ここで艦船の初期設計をするときに用いられた 機関馬力推算用の式がいくつかあって、 後にはアドミラルティ係数という名で ひろく用いられたそのうちの一つに 次のようなものがある。
Cadm =
(速力)3× (排水量)2/3

蒸汽機関の指示馬力
この式のCがその係数であって、 相似形の船体では一定の値を示すというのである。」

なのだそうです。 この式には、「機関出力は速力の3乗に比例し、 船体浸水表面積(船体表面積のうち水中にある部分)に比例 しそうな気がする」という発想があったのではないかと 思います。(近代造船学の上では、この仮定は2つとも正しくありません。 ついでに相似型の船体でもアドミラルティ係数は等しくなりません。為念)

ちなみにアドミラルティ係数の変形型として、
Cadm =
(速力)3× 船体中央横切断面積

蒸汽機関の指示馬力
というのもありますが、排水量の2/3乗を使うものの方が やや正確に近い値を算出できるため、英海軍は主として そちらを使ったそうです。

しかしながら、アドミラルティ係数は恐らく今世紀初頭には 使われなくなりつつありました。大正11年の海軍兵学校用の 「造船学教科書」で既に、

「近来の如く船が高速力になりし以来誤差稍大となりしを以って あまり用いられず」(筆者註:カナをかなに直してあります)

と述べられているくらいです。

そんなこんなで、こんにちでは計画初期の荒見当とMy艦艇の設計以外には 使われなくなったアドミラルティ係数ですが、 上記の式をいじることにより 「アドミラルティ係数は推進係数と抵抗係数との比に比例する」 ということを示し、近代造船学と シンクロさせてみましょう。

と、その前に。「推進係数」「抵抗係数」の お話をしなくてはなりませんね。


抵抗係数とは。
抵抗係数とは、水や空気などの「流体」中にある 物体の速度と抵抗の大きさとを関係づける係数です。 例えば、「海上を走っているフネの速力と抵抗との関係」、 ですね。
面倒くさいので式が天下って来ますが、 密度ρの流体中を表面積Sの物体が速度Vで移動しているとき、 これに働く流体抵抗Rは、抵抗係数Cを使って、
R =
1

2
ρV2SC
のように表わすことになっています。 ご覧頂ければ分かりますが、抵抗係数は小さい方が良い です。
こんな式を見たことがある、という方は多いと思います。 実はこの式は、航空機の翼の揚力・抗力を与える式と 同じ形をしております。
航空機ではこの係数はほぼ一定として計算し得る(と思う)のですが、 船舶の場合は造波抵抗が速度の2乗に比例しないので、 抵抗係数は速度によって異なるという、困った事情が存在します。 むしろ、ある速度における抵抗係数を求めたいという要求から、 近代造船学というものが始まったとも言えます。 この辺の事情は、「造波抵抗」「平賀金牌」 「速長比」「水槽試験」といったあたりをキーワードとした 「長い長い・・・旅のお話なのですよ」なのです。


推進係数と申しますのは、船舶の抵抗の大きさと主機出力との関係を 示す係数です。もう少し短く書くと、 「フネの抵抗と主機出力の関係」です。 大して短くなりませんね。
例えば「大和」の速力は27kt、主機出力は15万馬力、 そんなことは日本人なら誰でも知っている知識です。 さて、「大和」の舳先ににロープをくくり付けて15万馬力で引っ張った場合、 はたして27ktで走るか...と申しますと、実はそれ以上の速力で走ってしまいます。 (多分)
と言うのは大雑把に言うと、 主機出力が主軸を回して巡り巡って船体を推し進めるまでの間に、 かなり多くのロスが発生しているからです。
「大和」に搭載された4基の艦本式ギヤードタービンの発生した 15万馬力分の回転エネルギは、おのおの主軸に伝達されます。 主軸には軸受などが付いていますので、 まずは摩擦やら何やらでロスが生じます。
やっとこプロペラまで来た馬力ですが、 プロペラがぶん回って推力を得る作用というのは あまり効率の良いものではありませんで、 ここでも幾らかロスが出ます。
運良く推力になった分の馬力ですが、プロペラの前に 船体がある影響を受けるので、船体を推し進めるまでにまたまたロスを生じます。 この辺かなりいいかげんに書いてます。 厳密に書くと伴流利得とか面倒くさいんだもん。
これらの関門をくぐり抜けた分の馬力だけが、 船体を推し進める力、即ち船体抵抗と釣り合う分となることを許されています。 その関係を示すのが、「推進係数」なわけです。
なお、一口に「主機出力」と言っても、タービンの「軸馬力:SHP」と ディーゼルの「制動馬力:BHP」とレシプロの「指示馬力:IHP」がありまして、 それぞれ定義が異なりますので、同一の土俵で扱ってはいけません。 混ぜるな危険です。 そのためここより下の文章では「主機出力:HP」という形で記述します。

で、船体抵抗に打ち勝って船体を推進させるのに 有効に使われた馬力を有効馬力としてEHPで表わす ことになっています。
速度V(m/sec)で走る船体の抵抗がR(kgf)であったとき、有効馬力EHP(PS)は、
EHP =
RV

75
となります。(仏馬力の場合)

こうして単位が揃ったので、抵抗と主機出力の関係が示せます。 すなわち有効馬力EHP(PS)と主機出力HP(PS)の関係は、 推進効率をηとして、
η =
EHP

HP

と定義されます。式を見て頂ければ分かりますが、 推進係数は大きい方が良いです。
抵抗係数と同様、推進係数も速度によって異なる という困った事情を抱えています。 もっとも、速度の増加とともに遥かなる果てを目指し出すような振る舞いはしません。 まずは一安心ですね。


証明は。
長い前置きでしたねぇ。
定義とか数式とかが続々と出て来て、 お読みの方は嫌になってると思います。 書いてる方はもっと嫌になってます。 でもこっから更に烈しくなりますので、覚悟して下さい。

まずは、推進係数の定義が、
η =
EHP

HP

でした。ここに有効馬力の定義式
EHP =
RV

75
を代入しまして、
η =
RV

75・HP

です。さらに抵抗係数の定義式
R =
1

2
ρV2SC
を代入しまして、
η =
ρV3SC

150・HP

を得ます。(この式を(1)式とします。)
ここで、表面積は排水容積の2/3乗に比例することから、係数kを、
S = k▽2/3

と定義します。排水量と排水容積の関係は、
Δ=ρg▽

ですから、
S =
k▽2/3 =
k (
Δ

ρg
)2/3
となります。これを(1)式に代入すると、
η =
ρV3C

150・HP
・k (
Δ

ρg
)2/3 =
ρ1/3 kV3Δ2/3C

150・g2/3HP

となりますので、両辺をkCで除して、
η
kC
=
ρ1/3
150・g2/3
V3Δ2/3
HP

です。(これを(2)式と置きます。)
世界のいずこの海でもρとgは一定とし、 同一船型ゆえkが等しいとすると、
η
C
V3Δ2/3
HP
= Cadm

となります。 すなわち、アドミラルティ係数は推進係数と抵抗係数との比に比例する ことが言えました。ああ長かった。

ところが。。
さて、ここまでお付き合い頂いた方、お疲れ様でした。
上記のように「アドミラルティ係数は推進係数と抵抗係数の比に比例する」と いうことが言えたわけなんですが.........ですが......。
そう。推進係数は船体抵抗に比例し、抵抗係数もまた船体抵抗に比例し、 即ち推進係数を抵抗係数で割ったら、 船体抵抗の成分は消えてしまいます。
言い方を変えれば、アドミラルティ係数の式をいじってみたところで、 船体抵抗とは関係がないわけです。
更に言葉を変えれば、アドミラルティ係数使えねぇ ということを、2000年のこんにちに至って 示してしまったわけですね。

いや〜。ここまで引っ張っておいて何ですが、 こういう結果になるとは思いませんでしたな。 (上の証明部分まで書き上げてから この事実に気付いたんですよ...。)
ここまでお読み下さった方に感謝しつつ、 しょぼくれつつ本駄文を終わります。
・・・・・・うぐぅ。

BlueLine_2 玄関へ

Constructed by Kyosuke Fujiwara ,in 1999.