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Last update : 2000.11/05
重雷装「北上」の一斉発射!
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問題の提起。
東京市東江戸川区にお住まいのじゃむ猫さまより、
以下のようなご質問を頂きました。
「重雷装艦に改装後の「北上」が魚雷を一斉発射した場合、
傾斜はどうなるんでしょう?」
我が海軍が世界に誇る61サンチ魚雷の重量は、実に3トン近くあります。
これを片舷から20発を一斉発射した場合、60トンに届こうかという
重量が船体の片側から一気に消え失せることになります。
何か反対舷への傾斜が凄そうな気がしますね。
わたくし、こういう素敵な疑問は非常に好きですので、
実に嬉しくなってしまいます。
早速ながら造船力を振り絞って回答させて頂くことにしました。
使用する計算式。
初等船舶算法の講義で習う式で、「横方向の重量移動と船体傾斜の関係」
を表わす式があります。
今回はこの式を使って計算してみることにしましょう。
計算をしておいて数式を書かないでおくわけにも行かないので一応、
解説などを試みてみます。
興味のない方は読み飛ばされた方が
精神衛生上宜しいかもしれません。
さて、排水量 W、メタセンタ高さ GMの船が水平に浮いているとします。
この船の上で、重量 wの荷物を横方向に距離 sだけ動かしたとして、
荷物の移動後の船体傾斜θはいかほどでしょう。
文字だけで書いても分かりづらいですから、
絵にしてみましょうか。![]()
上の絵は、もともとWLを吃水線として水平に浮いていた
メタセンタ GMの船の上甲板上で、重量 wの荷物を横方向にgからg'まで、
水平距離 sだけ動かした後の状態です。
図の右の方が重くなるため船体の重心はGからG'に移動し、
吃水線はWL'になります。
これに伴って浮心 BもB'に移動します。
傾斜を微少と仮定する(大体10度以内とされます)と、
メタセンタ Mは移動しません。
で、この状態で静的釣合が取れている−何も起こらなければ右にも左にも傾斜しない−
状態ですので、B'とG'とMは鉛直線上に並んでいます。
排水量はWで変化しません。
船体に働く浮力もγ▽のままです。
ここで、全体重心は一部分の重心の移動方向と平行に移動し、
その移動量は重心の移動によるモーメント w・gg'を全体重量 Wで割った量に等しい、
という性質があります。
すなわちGG'はgg'と平行で、
かつ、![]()
GG' = w・s/Wとなります。
一方、BとGとMは傾斜前の同一鉛直線上にあり、
またB'とG'とMもまた傾斜後の同一鉛直線上にあるわけですので、
図から![]()
GG'=GM・tanθです。この2本の式から GG'を消去して、 ![]()
tanθ = w・s/W・GMが成立します。
数式の準備ができたところで、
いよいよ本題に入ります。
計算。
やれやれ、やっと本題ですね。
「日本海軍全艦艇史 資料篇」によれば、
重雷装艦に改装後の「北上」の排水量は7041トン、
メートルトン表記ですから W=7041(t)です。
発射すべき93式1型改2魚雷は、「軍艦メカ図鑑 日本の駆逐艦」より
93式1型の値をもらって来て1発2700キロ、
20発で54000キロ、つまり w=54(t)です。
船体中心線から移動重量までの距離 sは、
「軍艦メカ図鑑 日本の巡洋艦」の重雷装改装後の「北上」の絵より
中心線から発射管旋回軸までの長さを無理矢理読み取って s=5.0(m)と
いうことにします。
とても工学部のすることとは思えません。
メタセンタ高さ GMについてですが、「重雷装艦に改装後の「北上」の復元性能」
などという代物を記述した資料が手元にある筈もありません。
「軍艦基本計画資料」より「球磨」の新造完成公試状態のGMが0.904(m)...とか、
「艦艇復元性能摘要表」から公試排水量6000(t)の巡洋艦のGMが0.85(m)...といった
情報を基に、GM=0.9(m)と凄ぇ適当に置くことにします。
本駄文を書いてる奴は、
本当に工学部を出てるんでしょうか。
非常に無理矢理な気がして仕方ありませんが、
数字も揃ったところで計算をしてみます。
W=7041(t)、w=54(t)、s=5.0(m)、GM=0.9(m)を
先ほどの式に代入して、![]()
tanθ = w・s/W・GM = 54・5.0/7041・0.9 = 0.0426...タンジェントで0.0426を与えるθは2.4(度)くらいですので、 取りあえずθ=2.4(度) という解を出しておくことにします。 途中でいいかげんに置いた値が倍や半分違っても、 θはだいたい倍や半分の範囲で収まります。 桁(オーダー)まで違うということは なかなかないんではないかと思います。
と、計算は以上で終了です。
思ったほど凄まじい傾斜は起こらなそうですね。
ま、2.4(度)の傾斜は百分率で言うと4.3(%)ですので、
それはそれで大した傾斜とも言えます。
この数字をどう取るかは本駄文をお読み頂いた方にお任せすることにして、
この辺で終わることにします。
あ、そうそう。まさか20発も一斉発射するとは思っていませんので、
ご安心下さい。
でも1発ずつ撃っている間に38口径127ミリ砲弾か何かを食らって、
魚雷に火が付かないうちに全弾一斉に放り出す羽目になるような気が(笑)
主要参考文献
「日本海軍全艦艇史 資料篇」 福井静夫 編集/KKベストセラーズ
「昭和造船史」(1巻) 日本造船学会 編/原書房
「軍艦メカニズム図鑑 日本の巡洋艦」
森恒英 著/グランプリ出版
「軍艦メカニズム図鑑 日本の駆逐艦」
森恒英 著/グランプリ出版
「軍艦基本計画資料」 福田啓二 著/今日の話題社
本文章は上記図書を参考に藤原梟介の責任において記述してあります。
どこかしらに間違いがあることを確信しておりますので、
参考になさる際には上記文献をあたられることをお勧めします。
論理的な批判・批評は喜んでお受けいたします(つーか嬉しいんですが)ので、
ご遠慮なくどうぞ。 |