気持ちよく子育てしていますか?
 まぁ、親というのは何だかんだと悩んでいるものです。
 特に、第一子の場合は、見当がつきませんからね。「おっぱいの飲み方が少ないのでは」と言う人がいたかと思えば「飲み過ぎるのでは」と心配している人もいる。 歯がはえるのが遅いとか早いとか、少し大きくなるとトイレ・トレーニングやら指しゃぶりが気になる。きりなく不安の種はあるものです。 ひとつ、ひとつ誰かに聞いてもらって「だいじょうぶ」とか「こうしたら」とか言ってもらえたら、ほっとするんですけれどね。親のための子育て家庭教師をやとうわけにもいきませんしね。
 保健所や保育園、児童館など、近くの公共施設を利用するといいですよ。だけど、結局は、子どもが機嫌よく育っていればだいじょうぶだと思いますね。子どもの表情をよく見てください。

 ところで、私は横浜や川崎近辺の、2〜6歳くらいの子どもをもつ親にお話しすることが多いのですけれど、2、3歳児の話のあとに必ずといっていいほど出てくる質問があります。今回はこのことをお話ししてみたいと思います。
 それは、「公園に・・」と、始まります。
 公園に行くと乱暴な子どもがいるんです。
 公園に行きたがるのですが、行くと悪いことばかりして、しかってばかりなんです。
 公園に行ってもお友だちができないんです。私の後ろにかくれてて。
 公園に行くと水あそびをしたがって・・・でも、まわりの方の目が気になって。
 お友だちと仲よくあそべないんです。
 すぐ、他の子どもの持っているものを、黙ってとってしまうんです。
 だれもいない公園だとあそぶんです。こんなんで友だちができるでしょうか。

 『公園』『お友だち』ということが、頭の中にあふれているみたい。

 公園デビューという言葉が登場するぐらいですから、子育てに絶対必要なことのように思っている人が多いんでしょうね。子どもを公園に連れていき、友だちと仲よくあそばせなければ、ちゃんとした子どもに育っていかないような気がしてるのかな?
 どうして、公園に行くの?
 そう、子どもが喜ぶからですよね。子どもは外が好きよね。
 じゃあ、ちゃんと喜べるようにあそばせてる?
 そう、口うるさいよね。
 物の取り合いがはじまると「貸してあげなさい!」「どうして、人のものをとるの!」
 どこか頭のすみでは「けんかは大切」なんて育児書に書いてあったとは思うんだけれど「けんかはよくない」という頭もある。そこへもってきて、相手のおかあさんの顔色も気になるし、自分もいやな人とは思われたくない。で、自分の子どもをどうにかしようとするというわけですよね。

 だいたい2、3歳児は自分中心に地球がまわっていますからね。自分の意思ははっきりでてくる。自分のやりたいようにやるというのが彼らの唯一のルール。だから、自分の物は自分の物、人の物も自分の物という時代。人にも気持ちや意思のあることにまだ気付いていないんですね。まして、物にはそれぞれ持ち主があるなんて認めていません。
 だから、公園でものめずらしいおもちゃ見つければ、さわらないでなんかいられません。トラブルが続出。行動派でなんでも獲得しようとする子どものおかあさんにしてみれば、「もう! キラキラしたおもちゃ、もってこないでよー」と、どなりたくなっちゃうし、ねらわれる子どものおかあさんにしてみれば、
「どうして、うちの子にちかづいてくるのよー。おかあさんがストップしてくれればいいのにー」と思い、やがて、お互いに気まずい雰囲気。

 ところが、子ども同士はどうでしょう。興味があれば直進していく。とられていやだったら、ワーンと泣くなり、黙ってしっかり物を握り力をこめてがんばるなり、相手を叩くなり、ストレートに気持ちを相手に伝えています。このことが、つまり、人の物も自分の物と思っていたのに、叩かれたり、泣かれたりすることで、ギョッとしたり、ドキッとしたり、クソォーと思ったりすることで、相手にも気持ちや意思があることに気付いていくんですね。とられる方も、ヤダー、キライ、モーと思うことで、相手のことに気付いていくんです。子どもたちの分かり方ってすごいでしょ?

 あるとき、私の前でトラックのおもちゃをふたりの2歳児が握ってたの。おたがいに目があってキーっていう顔したとたん、おかあさんが割り込んできた。
「だめでしょ! なかよく、じゅんばんにつかうのよ」と、言うのね。
それで、なかよく順番になったと思います?
 おかあさんに「どうして、すぐにけんかをやめさせるの?」と、聞きましたら、「わたしはすこしぐらいのけんかはいいと思うんです。でも、相手の方はいやかもしれませんから」と返ってきました。そのとき、私はこう言いました。
「あなたはいいと思っているんなら、もうすこし、見てればいいじゃない。相手の親がいやかどうかはわからないわよね。それを、察したつもりになって、あなたから止めることはないんじゃないのかしら。相手がいやだったら、相手からやめなさいの声がかかってからでもいいんじゃない? 相手がいやかどうかもわからないのに、いやだろう、と思うというのは、あなたの思う『よい母親』『よい子』にしばられているんじゃないかしら」って。
 おかあさんと話しているあいだ、ふたりの子どもはまだトラックをとりあっていました。ふたりとも、力関係がほどほどなので、トラックはあっちにいったりこっちにいったり・・とうとう、ふたりはいらいらしてきて、大きな泣き声あげてるの。終わるに終われないといった感じね。
 私がふたりの間からおもちゃをとりあげて、泣いてる一方の子の顔を見て、
「これ、つかいたいの?」
「うん」
 もう一方の子どもの顔みて、
「これ、つかいたいの?」
「うん」
「これひとつしかないからね。あなた、がまんしてくれる?」と一方に聞きましたら、
「うん」。
 案外スムーズにいってしまいました。もうおもちゃはどうでもよくなっていたのかもしれませんね。(もし、一方にゆずることを、ふたりともイヤといったときは、わたしが預かって「ふたりともガマン」とやるつもりでした。) 


 このおかあさんだけじゃなくて、どうも、全般に正しく清く、よそさまにご迷惑にならないように、と気をつかっている人多いですよね。

 たとえば、公園に行っても正しい遊び方教えているのよね。滑り台に登ろうとすると「順番でしょ!」「さっさとすべっておりてきなさい!」
 ベルトコンベアーじゃあるまいし、トントントンと階段のぼってシューと滑っておりてくる、なんてスムーズにはいかないですよ。
 トントントンとのぼったらそこは高い! いい景色! おかあさんも小さくなる! だから、とどまってたら後ろの子どもがうるさい。おしたりする。イヤダーと思いながらも、後ろの子の気持ちも受け入れざるをえない。そこで、しぶしぶ、おりてくる。これでいいんじゃないですか?
 まだ、なんのトラブルも起きていないのに「おりてきなさーい!」って、どなっている人に、「どうして、そんなにサッサとすべりおりなくちゃいけないんですか?」と聞きましたら「だって、みなさんにご迷惑ですから」と、言いました。ご迷惑はかけてみて、はじめてご迷惑だということがわかっていくんだと思うんですね。
 おかあさんの「おりなさーい!」のどなり声で、子どもはおりてくるでしょうけれど、「ご迷惑をかけるから」なんて、絶対わかってませんよ。どなっている中身をわかる子どもになってほしいなら、どならず、見守って、よほどあぶなくなったりパニックになってきたら手をさしのべるくらいにしてほしいです。

 いま、子ども同士のコミュニケーションが始まったのです。ことばを使わないコミュニケーションもあるのです。

 友だちはいい子にしてつくっていくものではなく、かかわりあって友だちになっていくものですよね。あせって、がまんしてできるものではないんじゃないかしら。
 親たちも、一歩進んで話してみてください。
「けんか、こまっちゃうわね」
「どんなとき、しかってる?」
 子どもたちのように、ストレートにお互いをコミュニケートしていくことで、親も友だち関係が生まれていくかもしれません。
 それにしても、おかあさん自身、公園での人間関係に気を使っていて、自分らしくできなかったり、気が重くなっている人って、けっこう多いんですよね。
 公園に行くことが大事なんじゃなくて、公園で心や体が開放され、子ども同士が刺激になったり、かかわりがうまれることが大事なんですよね。だから、「ダメ ダメ」ばかり言ってなくちゃならなかったり、親の気遣いでのびのびできないんだったら、公園に行かなくてもいいんじゃないですか?

 楽しめない公園に行くより、のんびり、おかあさんと散歩するほうがいいです。親子でおべんとうもっておでかけなんて、ワクワクしちゃいます。親子とも穏やかでいい気分のほうがいいにきまってます。基本は親子関係ですからね。友だちは、これからいくらでもできます。
 いま、わが子にとって、必要なのはなんなのかって、自分の視点で、子どもの視点で考えてみてください。

(イラスト/松村千鶴)

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