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柴田愛子 ill Takasima.N
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まこちゃんの顔に、赤いかさぶたのようになった傷跡がたくさんついています。つい「どうしたの?」と、聞いてしまいました。
「けんかした」
「あら、ひっかかれちゃたの?」
「そうじゃなくて、ぎゅうっとつめでつかまれた」
「だれと?」
「まゆと」
まゆちゃんはまこちゃんの従姉妹です。おなじ年齢だし、りんごの木にもいっしょに来ているし、ほとんど生活を共にしていると言っていいくらいの関係です。さぞや遠慮なく、ありったけのけんかをしたのでしょう。
「それで、どっちが勝った?」と聞くと「まこまけた」
「どうしてまけたということがわかるの?」
「だって、ないたもん」
そうです。たいていの場合は、泣いたら負けと思うのです。
そんな話をしていると、まゆちゃんがやってきました。
「けんかしたんだって? まゆちゃん勝ったんだって?」と声をかけたら、ちょっと含み笑いをして、顔をそらしました。この話題には触れたくなさそうです。
負けたまこちゃんは、けんかのことを楽しそうに話し、どうどうと「まけた」と言っているのに、まゆちゃんは勝ったけれど、晴れやかでない。顔の傷のせいかなあと思いました。
5歳児の子どもたちが集まったときに、二人に前に出てきてもらいました。まこちゃんはさっきと同じように、どうどうとけんかして負けたことを話しました。
「でも、けんかのりゆうは、はなさない」と、妙にきっぱりしています。(どうやら、原因はまこちゃんにあったようです)
まゆちゃんは静かです。
「まゆちゃんは、まこちゃんとけんかして勝ったんだって? 勝ってうれしかった?」と聞くと「ううん」と首を振り、うつむいてしまいました。
「まゆちゃんは、まこの顔の傷を見ると、悲しくなる?」と聞くと、もっと下を向いて「うん」
「きょうも、まだ傷があると思うとやなきもち?」
「うん」
もう、泣きそうです。まこちゃんが気にしていなくても、いつも姉妹のように育っていても、顔にいくつも残っている傷を見ると辛いのです。
あとで聞いたのですが、二人の母親たちもかつて子どものとき、そう、ちょうどこの年齢のときに同じようにけんかしたそうです。まこちゃんのお母さんの顔には、中学生になるまで傷が残っていたということです。まゆちゃんのおかあさんがつけた傷です。傷ついたほうはケロッとしていたそうですが、傷つけたほうはその傷が残っている間中、気になったそうです。あまりに同じようなことが起こったので驚いたと話していました。
ありったけのけんかをやっていると、夢中ですから、傷が残るか残らないかなんて考えている暇はありません。どうしても、顔は丸出しで手の近くにあるし、動物的本能も手伝って顔に傷はつきやすいです。
「顔に傷が残ったからって、なんなのよ! 顔に傷があると、値打ちが下がるような、そんなつまんない人間にならないでよね!」と、日頃いきまいている私です。それに、顔に傷が残ったからといって、一生恨んでいる子なんていませんからね。それなりに関係が深いから、ありったけのけんかになるわけですから。
けれど、まゆちゃんの気持ちは響きました。子ども自身、そんな簡単にかたづけられない思いがあるのです。
「もう、みんなは大きくなって小学生になるから、けんかのルールをこうしよう。一対一でやること。手に何も持たないでやること。どっちかがやる気じゃなくなったらやめること。これは今までと同じ。もうひとつ、顔ねらいなし!」と、言いました。男の子が「ちんちんねらいなしも!」と、付け加えました。
けんかのルールは5個にふえました。たぶん、この年齢ならば、ルールは子どもたちに浸透してくれると思います。でも、ルールより何より、まゆちゃんは肝に銘じたことでしょう。
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