柴田愛子 ill Takasima.N   

 お正月明けに、借りている空き地が荒らされたことを書きました。
 2月28日。朝に行きましたら、今回はかなりひどくやられてしまいました。
 小屋の中の物は外にばらまかれ、二階には土足の足跡と水が撒かれ・・・おまけに火あそびをしたのです。一階のテーブルの上で火を燃やし、驚いたのでしょう、水で消したようです。次に小屋の入り口で燃やし、ブロックで囲んだかまどでは、大量の物を燃やしたようです。
 燃やした物は、小屋の中にある本50冊程度、トイレットペーパ、新聞紙、それから、燃えないゴム手袋やたらい、あやゆる物が投げ込まれていました。かとおもえば木の実を切り、鍋に入れて、ままごとをしたような形跡もあります。
 あそび心といたずら心と、めちゃめちゃをやる開放感、といった様子です。
 今回はあまりにひどかったし、火のこともあるので、警察に届けました。
 周囲の方にも聞きましたところ、小学校高学年らしき子どもが5、6人、土曜日と日曜日に来たようです。

 その前日、神奈川子ども未来ファンド主催で「子どもの育ちを支える地域ネットワーク」の『子どもの居場所情報箱』完成記念講演会があり、東大教授であり付属中学校長でもある汐見稔幸さんの講演の後、フリースペースをやっている西野博之さんと私の対談がありました。
 その日、子どもの苦しい現状や、私たちおとながしなければいけないこと・できることは何かを語り、そのことで頭がいっぱいでした。子どもやおとな(おとなだって、自分らしくいられる場所がないという人は多いです)にホッとする居場所をどう作っていくのか・・・。

 翌日のこの光景に、みごとしっぺ返しされたような気がしました。おとなたちが考えていることに耳を傾け、信じてもらえるためには、果てしない距離があると感じました。プレーパークをやっている人も、フリースペースをやっている人も、子どもに手を伸ばそうとした人は、きっとこんな思いを何回もなさってきたことでしょう。

 ここを荒らした子どもたちに腹が立ちました。いけないことはいけない、と伝えたいのです。たとえいたずら心であっても、された方の悲しさ、大切な物を失った辛さ、6人ものおとなが一日中かかって片付けたことを、どうしてもその子どもたちに伝えたいのです。

 でも、これからどうしましょう。とりあえず、近くを通りかかる子どもたちに、こんなことがあったこと、私たちが怒っていることを口コミで伝えることにしました。ご近所の方に報告し、気にとめていただくようにお願いもしました。めちゃめちゃをしないでほしいと看板を立てることにもしました。
 ご近所の方に迷惑がかかることもありえます。せっかくの場所を失いかねないことになるかもしれません。できるだけ土曜・日曜日に誰かがいるようにしたいと思いました。警察も「土・日も管理しないとね」と言い置いていきました。スタッフも親たちにも協力をお願いしました。
 でも、今後、土・日もここを管理しなければいけないとなると、かなり負担です。こういうことでめげていく自分が見えます。かといって、塀をめぐらせたり、立ち入り禁止にしたりすることも、気持ちがひっかかります。

 昔も、子どもはおとなを怒らせるいたずらをしてきたでしょう。そのいたずらと、この状況は同じレベルでしょうか?
 おとなの目をかすめながら、節度のあるあそび方をしてほしいという望みは、果てしなく遠くに思えます。
 よほどの決心をして、時間と労力を使い、努力しなければ、子どもの心に届くことはないのでしょうか。私のような中途半端な態度は、子どもをかえって悪くしてしまうのでしょうか。単純に「こらー」と怒鳴って、戒めることを繰り返していけばいいのでしょうか。悩みます。


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