タイトル

 新学期初日、私は2、3歳児の小さい組で子どもたちを迎えました。

 昨年度から来ている子もいるので、いきなり外で遊ぶ子が多く、にぎやかにぎやか。

 雨でなくてよかったです。

 

 あれあれ、泣き声が! 
 お兄ちゃんが大きい組の妹です。りんごの木には来慣れているのですが、自分だけ置いて行かれたのは初めてです。

 泣くといいです。長続きはしないことが見えています。だって、顔見知りもいるし、遊びにも慣れているし。
 お母さんに抱きついて、静かに泣いている初々しい子がいました。お母さんが帰りそうになるとくっつきます。他の子も見ているし、あそびたいけど、警戒心に満ちた堅さがあります。
「今日は、お急ぎですか?」とお聞きすると、
「いえ、だいじょうぶです」とおっしゃるので、付き添っていただきました。そのあと、裸足で砂場で遊ぶ姿がみられました。
 お母さんの都合が悪い場合や、保育園や園の方針では、泣いても早々に帰ってもらうことが多いでしょう。それもひとつですが、こんなふうに安心して一日を過ごすことで周囲の子どもの動きや、おとな(保育者)に対しての安心感を得るという方法もあります。その安心感が、次の日からの子どもの気持ちに落ち着きをもたせます。

 泣いたとしても切り替えが早くなるでしょう。

 お母さんも一日の様子を見ることで、安心できることにもなるでしょう。


 もうひとり、昨年からいるこうちゃんが部屋の中に、お母さんといました。膝にのって柔らかな表情をしています。

 こうちゃんとお母さんは離れることになれていません。ほとんど、いっしょに過ごしてきました。
 近寄っていっしょに絵を描きました。ご機嫌で、けらけらと笑っています。
「ママとバイバイしちゃおうか」と声かけると、
「うん!」「ママ、いってもいいよ。バイバイ!」
 慌てたのはお母さん。こんな事になるとは予想していなかったようで、あわてて、おにぎりのお弁当を置いて出て行きました。
 こうちゃんは、そうそうにおにぎりを食べはじめました。
 一個が食べ終わりそうになったとたん「わーん」と大きな声で泣き始めました。いったいどうしたんでしょう。事態は一変です。
「ママがおそい!」と泣きます。
「だって、こうちゃん、まだ5分もたっていないよ。こうちゃんからバイバイしたんじゃない。もう少しがまん!」と言いましたが、いっこうに泣き止みません。
 そうですよね、自分から言い出したから我慢しようなんて思いませんよね。

 そうは言ったけれど、やっぱりママに会いたくなっちゃったんですよね。

 私のはおとなの理屈と反省し、彼の思いを受け止めることにしました。いっしょにママを探しに出かけました。
「ママはどこに行ったのかしらね」とつぶやくと「いちごやさん」と答えます。でも、いませんでした。一段と大きな声で「わぁーん」と泣きます

「どこに行ったのかしら」とつぶやくと「もう、わからない」というじゃありませんか。

 大きな声で泣いてはいるけれど、私の話もちゃんと聞いているんです。

 聞いているだけじゃなくて、ちゃんと答えます。

 頭は結構冷静なのですが、心がママを求めて揺れ動いているのです。これは、どうにもならないパニック状態ではありません。

 心をそらせるために、私は質問攻めになってしまいました。
「パパとあそぶ?」
「パパはお仕事?」
「じゃあ、いつあそぶの?」
「食べ物は何が好き?」
 こうちゃんは3歳ですが、結構難しい言葉を知っています。根掘り葉掘り聞き出しているうちに、りんごの木に戻ることになりました。部屋に入り時計を眺めることにしました。

「いつくるの?」と聞くので「あと30分くらいかな」

「それはどこ?」「長い針が……」と説明。
 ふと泣き止んで「あー、つかれた」とため息。
「ほんとだよね。疲れちゃったよね」と笑って相づちを打ちました。

 ときどき泣き、ときどき子どもを眺め、ときどき時計を見ながら、結局迎えの時間になりました。

 お母さんの姿を見るとわーんと大泣きしてから、お弁当の食べ直しでした。


 新学期の子どもの心の動きはおもしろいです。けなげで一生懸命です。そんな子どもたちの必死さに見合う相手(私)でありたいと思うのです。
 よろしくね、子どもたち!(4月12日 記)

 

 

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