また旅の話で恐縮ですが、先週の金曜日は盛岡に向かいました。夜ホテルに泊まって、翌日の午前中は幼稚園の保護者、午後は保育者に向けてのお約束でした。
 新幹線が北上するに従って、緑が濃く美しくなっていきます。
 盛岡は初めてうかがうと思っていました。
 りんごの木の人に、盛岡といえば「じゃじゃ麺」と聞いていきました。それが、他とは違ってうどんで、食べた後に生卵を入れて、スープにして飲むというんです。ちょっとおいしそうじゃないですか。駅からホテルに向かう駅ビルの中にあると聞いたので、その店に行きました。
 ちょうど満席程度に混んでいました。
「相席でいいですか?」と聞かれたので「相手の方がよかったら、私はいいです」と答えました。お母さんと娘さんのようでした。もはや都内では相席というのはあまりないようですから、ちょっと人の距離が近くて、温かな気がしました。
 その店は「じゃじゃ麺」しかないようなのですが「小・中・大」とあり「どれにしますか?」と言われて見当もつかなかったら、相席のお母さんが「これが小です」お店の人が「小でいいと思いますよ」と言ってくれてそうしました。食べ方や、そのあとに玉子を入れてかき混ぜていると、お店の人が気がついて、スープを入れてくれることも教えてくれました。
 そんな会話をしていたら思いだしたんです。私は45年前くらいに盛岡にきたんだったと! どこに行ったのかはトンと覚えていないのですが、リュックを背負って、バミューダーという膝丈のパンツをはき、ゴム草履でした。すごくやせていて、身体に凹凸がなく、髪はショートカットだったので、男か女か不明。後ろから歩いてきて、追い越していった男の子が「女だ!」と言ったりしていました、そんな人でした。(ちなみに太り始めたのはりんごの木を始めた頃からです。)
 盛岡のどこかでバスが来なくて途方に暮れていたときに、一台の乗用車が来ました。で、ヒッチハイク。おじさんひとりが乗っていて「小岩井農場は行ったの?」というので「まだです」というと、寄ってくれました。駅近くになり、安くておいしい食事のところを教えてくれました。安い宿も紹介していただいた気がします。ほんとに親切にしてくださって、後日お礼にうかがったのを覚えています。その方は駅前の大きな時計屋さんのご主人でした。
 駅前は想像もつかないほどに変わっていましたし、駅ビルなど賑やかだったので時計屋さんを探す気持ちにもならなかったですけどね。
 それにしても、じゃじゃ麺を食べながらの相席の人との話しで、こんな昔のことを思い出すってどうして? なんか、人間の空気というか、その土地の人の感じが繋がっているのでしょうかね。つくづく、私って感覚人間だなっと思います。どこに行ったのかもなにも思いださなくて、盛岡は「時計屋さんのおじさん」の記憶なんですから。
 そういえば、何回もよんでくださっているのに覚えていない。毎年行っているのに場所がわからないことがよくあります。先日も愛知県の安城にうかがったとき、園の入り口からみえる目の前のお店の絵を見て「あ!ここ来たことがあります」
 翌日の盛岡の午前・午後を終えて、新幹線で仙台に行き、車で迎えに来て下さって山形県大石田町にうかがいました。途中、サクランボが木になっているのを初めて見ました。

「サクランボって、さくらの実じゃないの?」と聞きました。葉っぱが桜ではないのですもの。

「サクランボはサクランボの木なのよ」と教えてもらいました。

 何歳になっても無知で恥ずかしいです。
 翌日の会場でも「この前はありがとうございました。駅の前でお迎えした者です」と言われてしまい、曖昧な顔。いつ? どこで? なんと4月にうかがったばかり、少し先の「新庄」の保育士の方でした。ヒントをさぐって、わかったとたんに浮かんだのが、駅の構内にあったお祭りの見事な山車です。
 みなさん、ごめんなさいね。お顔やお名前はどんどん忘れてしまいます。講演した内容なんて、二度と思い出せません。でも、食べたものとか、絵とか景色の記憶は残っているみたいです。

 こんなノー天気だから気楽に生きれるのかもしれません。(6月11日 記)


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