新しい年が始まりました。
 今年もよろしくお願いします。
 昨年夏に兄が亡くなったので、私は「喪中」となりました。
 ところが年末に喪中はがきを出す余裕がなく、新年を迎えました。
 年賀状がたくさん届きました。それはそうに決まっています。だって、そんな事情、日常的なつきあいのある人しか知らないのですから。
 いただいた年賀状に喪中でしたと返すのもなんだかねぇ・・。
 兄を知っている人に、知らん顔で年賀状もなんだかねぇ・・・・。
 迷った末、年賀状と、後日寒中見舞いを兼ねて喪中であることを知らせるはがきと両方を用意することになってしまいました。
 いちいち仕分けして返事を書いています。まだ、進行中。

 そればかりではありません。家族も喪中だといいながら、毎年新年に集まっているのをやらないのはなんか落ち着きません。
 で、「お正月行くわ!」となり、「じゃあ、少しはおせちを用意した方がいいかもね」となり、子どもはお年玉を楽しみにしているけど、それは喪中あり?
 戸惑いながら、中途半端な気持ちもありながら、全員集合となりました。
 亡くなった兄の娘(姪)家族が、励ます気持ちからでしょうカナダからやってきました。二人の子どもは日本の正月は初めてで、おせち料理は眺め匂いをかいでちょっと口にして、ほとんど駄目でした。(ちなみにお父さんはフランス人です)。しかし、つぎつぎもらうお年玉には目がランラン! 千円札を何度も数えます。いったいなにが起こったのでしょうといった様子。姪に聞くと、まず、お金をもらうということはあり得ないこと。お金を自分で使うということもしたことがない。お小遣いをあげることもない。でも、お金は好き。彼の喜びようでは、毎年正月は日本に来てしまいそうです。
 5歳から83歳まで16人。例年と何ら変わらず乾杯で新年のご挨拶。ただひとつ兄がいないことだけが違いました。でも、まあ、この方が彼も喜ぶことだったでしょう。

 

 ところで、この翻弄させられた「喪中」とはいったいなんなの? との疑問が残りました。
 そこで、便利な時代ですからパソコンであれこれ検索しました。
 一般的なのが「人の死後、近親者が喪に服している期間」
 「日常的とは異なる儀式的なことで、人間社会において普遍的な現象」
といった常識として説明されています。
 これが納得できない私ですから先に進みます。
「死というのはけがれ(穢れ)であるという考えに基づき、一般的に社会的な慶び事から外される。けがれがうつらないように外部との接触を避けた」
と出てきました。

 死は穢れ? 

 私の育てられたなかではその思想はありません。
「死者が出たことによって死者の国=黄泉への扉が開き、けがれが親族に乗り移ったので、それをまわりの者に移さないようにするために一般社会との関係をたつ」

 面白くなってきました。
 次にこれは仏教からかと・・・・
「仏教とは関係ない」というのがおおまかな意見。
「日本土着の信仰からきているのでは」という見解。
 さらに、すごいのがでてきました。
「喪中とは明治時代に太政官布告法律で決められた。その基は儒教。一年と決めたのは昭和30年、喪中はがきを発明した印刷屋さんが作った新常識」(喪中はがきが一般市民に普及したゆえんだというのです)。
 これにはびっくり! 
 ちなみに、お年玉年賀はがきは明治24年から発売されたそうです。
 まあ、面白かったです。
 つまり常識とは得体の知れない、根拠がはっきり見えない、なんとなくの習わしなのではないでしょうか? 調べていくと、どれもそれなりに根拠があります。けど、いまそうしなければならない根拠が見えません。
 とどのつまり、私は気持ちの問題にすることにしました。身近な人が亡くなって気持ちが沈んでいる、もしくは日常の元気がない、みんなと交わる気持ちにならないならば自分で喪中です。でも、亡くなった人を想い、感じながら、前に向かって生きていこうと思うなら、喪中はいらないかもしれません。
 念頭からややこしいことでした。
 今年もよろしくお願いします。(1月7日 記)


 

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