前回ののOBペガスス・キャンプで、おもしろいこと、もうひとつ・・。
 お昼ご飯がトウモロコシとおにぎりでした。天気がイマイチだったこともあって、何人かが室内のお膳で食べました。私の前に四年生のしゅんちゃんが座っていました。彼は手を使わずに皿の上のトウモロコシに食らいついていました。トウモロコシが転がりそうなのを、口で止めるようにして食べています。
「変わった食べ方しているね」と、私は声をかけました。面白がっていたのも事実です。だって、トウモロコシ転がりやすいのですから。
 彼が言いました。「手が汚れているんだよ」って。
 そうか、だからこんな食べ方をしているのね。汚れた手を使うのがいやなんだね。そう思って眺めていました。
 悪戦苦闘していた彼は「もう、げんかい! 手洗ってくる」と立ち上がりました。
 私はフフフと笑っていました。
 それを見ていた大学生四年生のけんたくん。けんたくんは保育園でバイトしています。
「保育園だったら、手を使っていないのを見たら、ちゃんと手を使って食べなさいと、すぐに注意するのに、どうしてあいこさんは言わないの?」と聞かれました。
 言われるまで、私には思いもしないことでした。
 だって、本人がそうやって食べてみようと挑戦しているわけだし・・。それは、ちょっと面白いし、彼なりの訳があったわけだし・・。
「子どもがやっていることには、その子の都合やつもりが何かしらあるんだと思うのよね。彼は汚れた手で食べものをつかむのがいやだったのよね。きっと、手の汚れに敏感なんだと思うよ。これって、困ること?」と、話しました。彼は、保育園との違いに驚いていました。納得したのかあきれたのかはわかりませんでしたけど、ちょっと喜んでいるように見えました。

 先日、保育を見学によその保育者がみえました。
「どうして、机の上に乗ってもいいんですか?」の質問。

 すかさず私が返した言葉は「どうして、机に乗ってはいけないんですか?」
 机の上に立って大きくなった実感を得た子ども、部屋中を見渡せる山にでも登った気分。二段ベッドになったり、乗りものになったり、家になったり、船になったり、四角いテーブルが子どもの遊具として活きていきます。

 食事をするところだから乗ってはいけないと、その方は言いました。

 食事のときだけしか使わないなんてもったいなくないですか? 

 それに、食べているときに乗る子はいません。

 私が破天荒なのでしょうか? 非常識なのでしょうか? 
 子どもの発想を狭めているのは、いわゆるしつけ。
 誰が決めたかわからない世の中の常識。
 その常識やしつけができていないと、周囲の評価や視線が厳しくなるから、幼いうちから強要するのでしょうか? おとなの文化は小さいうちからしないとできなくなるのではという不安があるのでしょうか?
 それはあまりにももったいないと思います。いろんなことを考え、想像し、やってみたい子どもの気持ち。いえ、それこそが子どもの特性なのではないでしょうか? 子どもであることを放棄させる保育はどうなのでしょう。
 私だって不快に思うこともあります。辞めてほしいと頼むこともあります。でもまずは、子どものそのままを受け入れることにしています。そのなかに、素敵な子ども心が隠れていることを長いこと実感してきたからです。
 視線を変えてみてください。変なことやっている子どもを面白がってください。
 案外、こちらの肩の力も抜けますよ。(9月9日 記)

 

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