qq

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
 私も健康に新年を迎えられました。なんと6回目の年女です。
 例年のごとく、近くに住んでいるきょうだい夫婦、甥姪と連れ合い、その子どもたちと12人で元旦をお祝いしました。小さい子どもはいなかったので、平均年齢はかなりです。私が真ん中あたりですから。故におせち料理は取り寄せ、それぞれが一品持ち寄るのがせいぜいといったところですが、そんなふうにできるのですから、ありがたい時代です。母が70歳くらいの時は、まだ、おせち料理をつくってくれていたのですから、つくづく昔の人は偉い! です。

 

 今年はオリンピックがあることもあって、スポーツ選手のインタビュー番組をテレビで目にすることが多かった気がします。受験をひかえた高校生のインタビューもありました。そこでみんなが口にする言葉が多かったのが「恩返ししたい」でした。オリンピック選手は金メダルをとることが、コーチや応援して下さった方への恩返しとも思っているようでした。
 ここにひっかかりました。私自身が恩返しをしたいという気持ちになったことがないからです。もちろん親からきょうだいから友人から同僚から、よくしてもらったことは限りなくあります。ひとりで育っていくのは不可能ですから、たくさんの人のお陰で今があると思っています。ただ、これを「恩」と感じ、「返していく」という意識はあまりありません。私は感謝しています。ありがたいと思っています。ありがたいことをたくさんいただいて自分があり、その自分を軸に生きていくことを精一杯したいとは思います。いただいたものは知らずに自分の中で息づき、それが人に何らかの足しになっていたらうれしいとは思います。いただいた人に返すとは思っていない気がします。
 人が自律するためには、迷惑をかけられる人が周囲にどれだけいるかどうかに関わっていると思っています。人に迷惑をかけてはいけないという考えは、孤立になり、正しさに頑張りすぎて、うっかりすると自己否定になりかねません。もちろん、自分で解決すべき事や力量にあったことは頑張らなければいけませんが「迷惑をかけない」という強い意識が生きることを苦しくしてしまっている人が多い現代のような気がするのです。
 恩をいただいたことが自分の心身になっていることに感謝して、自分を大事にしていくというくらいでいいのではないでしょうか? 
 金メダルを取らなかったから、希望の学校には入れなかったからといって、いただいた恩を無にしたことにも、まして裏切ったことにもならないですよね。
 恩とは「人から受ける、感謝すべき行為。恵み。情け。」と、国語辞典にあります。量の差はあるにしても、特定の人だけにいただいているものではないのでは? 親からは確かにたくさんのことをいただいてきましたけど、恩返し言い換えると親孝行をすることが私の目的になったことはありません。まだ、若輩者が親に恩を返したいと言う言葉を耳にすると、「あなたはそんなことを目的に生きるのですか?」と言いたくなってしまいます。親にはいっぱい迷惑をかけながら育っていくのが子どもなんじゃないでしょうか?


 正月早々屁理屈っぽい話になってしまいすみません。
 明るい話に一変! 初春大歌舞伎に行ってきました。演目の中に皆さんもご存じの連獅子もありました。三島由紀夫原作という喜劇もありました。感心するほどのエンターティンメントでした。芝居の間にはお弁当を食べ、見事な娯楽演劇文化です。
 今年も怒って、泣いて、笑って、考えて、自分をフル回転させていきたいものです。こんな私ですが、よろしくおつきあい下さい。読んでくださっている方に感謝しています! (1月8日 記)

 

●今年度のバックナンバーはここをクリックしてください。